ほぼ一年、ご無沙汰してしまいました。


また、ぽつぽつと書く楽しみを…と、


かなり個人的な、それこそ、「つぶやき」をしたためて行こうかなとおもてます。


この一年の間に、「痛風」デビューしました。


朝方、まさしく足の親指の付け根がジンジンしてきて、見てみると、


ばっちり赤くなってます。「痛風や…」と即座に思いました。


健康診断では尿酸値がずーっと10あって、いつも検診では、「痛風出てませんか?」


と言われてました。


病院に診察に行くと、見るまでもなく、「痛風です」と。


その先生も痛風仲間で、患者の気持ちが手にとるように…と、いうことで、


薬飲んでます。


一気に尿酸値は3まで下がり、「いつも通りの食生活もOK」ということですが、


薬とは一生のお付き合いになります。


体にも気を配りながら、好きなことをしながら、です。




昨日から寒くて、今朝は5月はじめの春祭りに、やっと脱いだパッチをまた引っ張り出してきてはきました。


パッチはかなければ、足元がスースーして、どうも風邪をひいたよう。


パッチは毎年、「まつりまで」と決めていたが、今年はあっさりと破ってしまいました。


だんだんと無理が利かない歳になりつつあります。


若いころは、(こういうことを言うとは、やはり・・・)サーフィンに明け暮れていて、


寒さ知らずだったのだが、今は夏でも水に入れない。



しかも、今日は、6月にある展示会の新商品の見本型を引き取りに行って


もって帰ってきて乾燥室に入れようと、型を持ち上げたつもりが、


持病の左ひじに激痛が走り、型を落とすという始末。


大切な見本型が、ばらばらになって、しばらく、乾燥室で呆然。



すぐさま型屋さんに電話。


「せっかく作ってもらった見本型、落として壊してしまいました。何とかなりませんやろか。」


すがる思いで、電話しました。


「展示会までには間に合うよう努力してみます。」


すみません、です。



ひじは痛いわ、型を何とか守ろうと、とっさに体で受けとめて、


指から血は出てるは、ふとももはいたいわで、がっかりでした。



あす、また、壊れた型を持って、四日市の型屋さんに走ります。




僕が小学校にいくか行かないかというころ、


うちの親父は、魚屋をしていました。


親父の実家が「魚利」という魚屋で、親父が「魚利支店」という名前で


魚屋をしておりました。


そのころの商いの慣わしは「つけでものを買う」。


月末に、ひと月分のお代を頂戴する。


しかも、仕入れは現金。そのうえ、親父はかなりのお人好し。


こんな商売続くわけがなく、魚屋は自然消滅しました。



魚利支店の二代目。それが僕。


しかしながら、魚屋ではありません。



自分のルーツというか、ぽっと今の自分があるわけでもなく、


親父の魚屋の屋号を、引きずっていきたい、とこの歳になって思うのであります。