壊れた道の片付けだ。
在韓のカナンです
先日から債権申出の準備を
続けています。
いろいろと整理をしながら、時々手が止ってます•••。
申請期間は一年ありますが、
本当にその間に一区切りつけられるのかどうかは分かりません。
そんなことを考えながら、自分が歩いてきた道を振り返っています。
教会のルールに従えば
神様の家庭になれる。
そう信じて生きてきた時間は
何だったのだろう。→いまさら
最近は、誰も片付けない泥沼を、ひとりで整理しているような気持ちになることがあります。
先日もそうでした。
「誰のお陰で生活できていると思っているんだ
」
そんな言葉を聞きながら食事の片付けをしました。
私は自分の食べた食器くらいはシンクへ運ぶのは当たり前だと思っているんですが•••。
わたしの考え方が
おかしいのか?といつも
思うことがあります。
でも言ってもほぼ
聞いてくれません。
結局、いつも私が片付けます。
もちろん、これは食器の話だけではないのですが•••。
気が付けば私は人生のあちこちで、誰かが散らかしたものを片付ける役になっていましたね。
今取り組んでいる債権申出も、どこか似ています。
教団や誰かが作った泥沼を、
私は今も整理しています。
他人のことには関心を持てても、自分自身の人生を見つめようとすると急に立ち止まってしまい、どうしようもなく前にも
進めなくなることが多くなって
しまっている••••。
私の人生の道は、途中で通行止めのようで道そのものが陥没している場所もあります。
振り返りたくない過去。
戻ろうとしても、その道筋すら瓦礫の下に埋もれているような感覚です。
いざ、債権申出だと、奮い立たせていてもその瓦礫を一つひとつ掘り返しているような気持ちは•••。
正直、しんどいです。
思い出したくないことも
あります。
もう、見なかったことに
したいものもあります。
実際、過去に全部バラバラに
破いて火をつけて燃やしたりも
しました。
それでも、灰になって消えた
ようにしていたのに、またそこを通らなければ前へ進めないのでしょう?
最近は私の人生の道は壊れてしまったより、埋もれてしまっただけなのかもな•••と。
道そのものが
消えたわけではない。
ただ長い時間、見えなくなっていただけなら今は焦らずに、その瓦礫を片付けています。
債権申出もその作業のひとつなら失ったものをひとつふたつ数えるためだけではなくて
自分自身の人生の道をもう一度見つけるためにも。
リアルすぎる話ですみません💫
でも、ぼちぼちやります!



