トイレの美学
最近。
『トイレの神様』という曲がクローズアップされていますね。
トイレを美しく保つことで
神様・大切なものが宿るとおばあさまからの教えを曲にされたとか。
(ちゃんと聞いたことがなくニュアンスが異なっていたらすいません)
激しく同意。
だって
ボクはトイレで人生を決めたから。
そう。
就職活動をしていたころの話。
ボクは漠然と『ファッションの業界』に身を投じたくて
製造業界から商社から小売までいくつかの会社の門をたたきました。
好きこそものの上手なれ。
今思えば『根拠のない自信』だけを胸に秘めて。
就職氷河期と言われ始めた時代でしたが
運が良かったのか振り返ると不思議なもので
2次面接で役員の方から後押しによりスピード内定をいただいたり
学校初となる繊維商社からうっかり異例の内定をいただいたり
前職の小売からありがたくも内定をいただいたり
実り多い(!?)結果となったわけです。
もちろん
役員面接で『君はわが社を勘違いしている』と突然却下をくだされたり
周囲をみまわしたら全員思いっきり体育会系出身者ばかりで
結果を聞くまでもない身分不相応さを感じた商社営業職の3次面接など
凝縮された社会人経験の洗礼を受けたのも確か。
でも
進みたい道を見据えての活動だったからか
『楽しい就職活動』であったと心からそう思えます。
何がつらかったかと言えば...
数社からひらいていただいた
どの門をくぐるべきかを決断しなくてはならなかったこと。
進路指導の教授や
それこそ親にしてみたら
社会的に一番名の通った規模感の大きな会社に
就職するものだろうと思っていたようだけど
当時『ただの実直な小売店』であった前社に決めました。
時代とともに一部上場企業になってから初めて親からは認めてもらえました...けどね。
実は
いまだから言えることですが
一番の決め手は『トイレの美しさ』(辞退した理由はトイレの汚さ)でした。
学生を招いて企業側が懸命に社として掲げる
企業理念や美意識に対する思いなどを熱弁すればするほど
学生たちに使用させるトイレ環境と生じるブレが滑稽でしかたなかったわけ。
そこを使用している社員ひとりひとりの感覚が
その理念の方向に向いているわけではない上っ面な感覚を受けてしまったんです。
だって
そこに意識がない企業は明らかでしたから。
面接室内は豪華絢爛。
だけど
待合室の蛍光灯がきれかかっていたり
通路に無造作に置かれたままのパッキンがあったり
なによりもトイレがどんよりとしていて印象が美しくなかった。
やっかいなことに
裏側を思いっきり手を抜いてしまっている企業は
周囲がボクに就職させたかった一番大きな企業だったという結末。
ボクとしてはそもそも言語道断で
そんな意識で本当に美しさを会社として追いかけているようになんて
到底思えなかったわけなんです。
タイミングが悪いことに、それに直面したのが最終面接時。
内定者の顔合わせ的なタイミングですよね...
辞退するなら早い段階でないと関係者に迷惑をかけてしまう...
悩みました。
見えないところこそ美しくあれ。
立ち居振る舞いに洗練さをもたらすには環境から学びなさい。
周囲に思いやりをもてる半歩先周りした気付くことの大切さ。
おもてなしの心...
トイレを見たらそのものの本質が見えるから。と。
そう
躾の厳しい環境下で過ごした時間が長かったボクとしては
気になってしまうことだらけで、自分も(きっと周囲も)苦しくなってしまうくらいの
許せないこと・譲れないことが当時は特に多かった。
やはり
その先の人生を共に過ごす『環境』へ妥協することなんて死活問題で
何をはじめるにも同じ意志や意識のものが集う環境であって欲しかった。
だから
内定をくださった企業のなかで
一番規模が小さくて若くて
だけど
美意識が徹底的に踏襲されている
『洋服屋さん』を自信をもって選びました。
社会人になることに加え
あらためて直面するであろう
美意識の踏襲へ身が引き締まる思いだったのを覚えています。
入社後
あれだけ美しいトイレを保持するための
徹底した社員教育がなされていたことを知り
また精神の統一を徹底的に行う
あつい思いがあることに喜びすら覚えました。
本当に理想的な会社でした。
その反面
時間の経過とともに規模がめまぐるしく大きくなり
個人が及ぼせる影響力が薄まっていくよう感じてしまった。
自分自身が在籍するからには
『個』として役立っている自信を持ち続けたいから。
覚悟して身をおいた環境での仕事。
人生の岐路に立ったときに己の強い意志で決めた環境。
ボクじゃないと。
ボクが叶えたかった夢をお客様にも伝えられている。
そう確信できることが必要だったから。
だから
ボクはまた自分の意志で振り出しに戻ったわけ。
自分たちが信じるスタイルで
自分たちもお客様も満足する価値観を訴求し続ける。
トイレを美しく保つことを
自らの手で行えるじっくりとした時間や徹底的な環境にね。
こうして
また当時に思い描いたような
夢や希望を叶えるために費やす時間が
いまのボクには与えられたわけです。
そうしたら
見えてくるものだなぁ。
この先の人生が。
もしかしたら
他人様にとったらつまらない拘りを貫いている
この人生。
学生時代に友人からは
『ハングリー精神がまったく足りないね』と言い放たれたけど
大人になったいま胸を張って言いたい。
『それってどうやって習得するの?』って
↑嘘です。
『あれから十年かけ十分経験して学んだよ』って。
でもね
『ハングリー』っていう感覚に魅力をこれっぽっちも感じないんだ。
どんな状況下であっても『こころゆたか』にありたいから。
外面だけでなく隠れた部分こそ磨く時間。
内面を強くするための守られない環境。
自ら切り拓いている実感を持てる意識。
汚したらきれいにする。
美しく保つように工夫をする。
疑問を感じても(例えば汚れっぱなしの事実とか)
外的要因に感けて慣れてしまう堕落感を払しょくする意志の強さ。
常にありたい姿である努力をし続ける意識。
成長するってきっと
そんな毎日の繰り返しだと思っているから。
人生は洗濯選択の連続ですよね。
そんなことが
たとえばトイレひとつに反映されるという
『トイレの美学』
あ。
トイレだけのご利用もお待ちしてます
ではでは
こつかもとひろ


