①『海は俺らを待っている、俺らは魚を追っている』伝説は再び・・

 

10月3日、我々はAKIRA顧問指導のもと、

千葉は上総湊、仕立船で真鯛を攻めた。

睡眠不足、疲労困憊の中、

6:30出船した。

途中、行き餌となる『猿海老』を保存籠より採取し

沖合神奈川よりの東京湾中心部へ40分ほど船を走らせる。

 

連休なのに眠れない者やお酒を呑みたいのにハイボール2杯で我慢した者、

溶連菌にかかる息子を置いてきた者など、鯛への想いはそれぞれだった。

 

今回のアタックで重要な点はただ一つ。

 

『底が取れるか、取れないか』だ。

 

顧問も然り、船頭もまた然り。

 

この日までその言葉を何度聞いたことやら。

 

ポイントに到着するや否や、すぐさま準備に取り掛かった。

“真鯛テンヤ”とはとてもシンプルな釣りで

 

キス竿+1500前後のリール+PE0.8号+

リーダー2号フロロカーボン3メートル+真鯛テンヤ  

 

を猿海老で釣るというもの。

 

 

そもそもテンヤとは何ぞや?

 

 

テンヤとは重りと針が一つになっている仕掛け針のことで

”真鯛テンヤ”とは、親針からさらに少し伸びた

孫針というものがある二つの針仕掛けで、だ円形型の重りが特徴だ。

 

他にも似た部類に”かぶら”というものがあり、

鉛をぶっきらぼうに丸く固めたものに二つ針を忍ばせるタイプで、

こちらはアシンメトリな形状とその動き、

様々な角度から反射する光を利用するタイプ。

 

我々は顧問の“お手製かぶら5号”で真鯛に挑んだ。

 

漆で紅色に塗られ、

ゴツゴツとした岩を彷彿させる様を

我々は『男梅』と呼んだ。

 

顧問と船頭は、前と後に分かれて指導についた。

 

前は船の運転席を軸に

右回りより顧問、ゆうさん、コブケン、副部長

 

後ろも船の運転席を軸に

後は右回りより海グソ、部長、ミコスリ、船頭

 

とこんな感じだ。


まず餌の猿海老をつける。尾を外し、針のカーブに合わせながらまっすぐになるようにつける。

 

まず、僕らはここからテコずった。

 

それもそのはず。あたり一帯は貨物船が回遊するルートで

時より、ジェットコースターに乗ってる気分になるほどの高低差の波が

僕らを襲う。

 

そして慣れない生き餌というコトに苛立ちを隠せなかった。

 

しかし、いつになくギラギラとした男がいた。

興奮のあまり連休にもかかわらず、睡眠不足でやってきた。

文句も言わず、行き帰りの運転をしてくれたことには感謝しかないが、

朝のギラギラには厭らしさと卑しさすら感じた。

 

それは副部長だ。

 

普段は、あまり虫を触れない、否、あまり虫を触らない副部長にとって

生き餌の“猿海老”など屁でもなかった。

 

釣り人にとって朝の時間は

貴重なエンペラータイム(皇帝時間)。

 

引き潮と同時に、海流の変化や魚たちの動向も変わり

釣りフィーバーが起こりやすい時間だからだ。

 

アングラーたちは、その引き潮時を“朝間詰め”と呼び

後半の何時間よりも朝一の30分に

命をかけると言っても過言ではない。

 

何度かトライするうちに猿海老の扱い方にはなれたが

やはり難しいのは『底の取り方』だった。

 

幾たびにも重なるタンカーの波の猛攻。

何万通りにも変わる波や海流の変化。

 

“海とは面白い”

 

そう思えるようになったのは最近のことではあるが

やはり対峙している時は

 

“海とは意地悪い”

 

そう嘆いてしまう。

 

『高いから大事に使ってね』と言っていた船頭の言葉を忘れたかのように

底を取れない僕らは、かぶらを底や岩にぶつけたり

ズル引きしながらトラギスに食われたりと

猿海老はみるみるうちになくなった。

 

開始1時間、時は8時を回ろうとしていた。

 

真鯛のあたりは意外と繊細なもの。

ツンツンというあたりに

竿を真上に大きく引っ掛けるように合わせないとまず釣れない。

 

底を取り、真鯛がいるであろう海域のたなを取る、

あたりに力で合わせたら無理のないようリールを巻いていく・・・

 

理屈ではわかった、原理もわかった、海の変化にも慣れてきた・・

 

しかしながら誰の竿にもあたりはない・・

 

シンプル?むしろフルーガル(質素)?

 

これが真鯛か・・船頭さえまだ釣れていない・・

これが真鯛の釣り方の中でも

最も過酷で攻めの釣りと言われている

真鯛テンヤか・・・

 

誰もが我に返っていた、その時!!!

 

みこすりの竿に微かな沈みが・・・

 

 

To be continued                        byベタ部長