漫才コンビ東京ダイナマイトのネタにこんなものがある。



ヒーローインタビューにて。


「この気持ちを誰に伝えたいですか?」


「最愛の妻、息子、娘、愛する次郎さん、1号さん、2号さん、3号さん、よっちゃん、稚内のおじちゃん、おばちゃん、親戚のおじちゃん、おばちゃん、あとさっき言ったのとは違うおばちゃん、よっちゃん。」


「よっちゃんさっき出ましたね。」


「仙石先生、仙石先生の奥さん、ハマさん、ハマさんの見習いのヨシさん、ヤマさん、ヤマさんの別れた奥さん、なべさん、池上さん、林さん、若林さん、若林さんとこの長男の宗一郎ちゃん、スナックコスモスの・・・」


「何人言うつもりですか!一番伝えたい人を一人!」


「ハマさんの見習いのヨシさん!」


「その人だったんですか!だいぶ後半の人ですね!」


これはネタだが、先に開催されたバンクーバーオリンピックでも数々の感動の場面とともに、試合後のインタビューで選手が喜びや感謝の気持ちを語るシーンを目にすることが多かったと思う。


この春僕は、3年間勤めた今の職場を転勤することになった。4年に1度のオリンピックと比べてしまうと公務員の3年なんてずいぶんちっぽけなものだけど、それなりに湧き上がる思いがある。そこで、図々しくも自分がアスリートにでもなったつもりで、インタビューを想像してみた。


「転勤にあたって今のお気持ちをお聞かせください。」


「今はまず3年間自分をサポートしてくれた人たちに感謝の気持ちでいっぱいです。」


「そのお気持ち、誰に一番伝えたいですか?」


「そうですね~、右も左もわからない新人の自分をいつもあたたかく支えてくれた事務長と主事、それから、この未熟な事務職員に対しいつも親身にアドバイスをくださった校長先生、教頭先生、それから、社会人の常識なんて何一つ知らない自分に仕事も遊びもお酒も最高に楽しく教えてくださった同僚の先生方、厳しい練習も一緒に頑張ってくれたサッカー部のみんな、昼休みによく事務室に遊びに来てくれた生徒たち、学校でも街中でも元気よく挨拶をしてくれた生徒たち、事務室からの様々なお願いに対し、多大なるご理解とご協力をくださった保護者の皆様、この町の発展のため本校の教育活動に好意的に協力してくださった地域の方々、喜びも悔しさもたくさん共有した社会人サッカーチームのチームメイト、遠くから応援してくれた家族、友・・・」


と、このくらい考えたところでふと思った。


喜びだとか感謝の気持ちだとかいうものは、何も誰かに一番とかいうことではなく、伝えたいと思う人全てに対し精一杯伝えればよいのではないだろうか。喜びを伝えたいのはその相手に対して感謝の気持ちがあるからだし、感謝の気持ちを伝え惜しみする必要なんてない。


そう考えると、さっきの東京ダイナマイトのネタもボケているようで実は、喜びや感謝の気持ちを伝えたい想いが、ただ素直に溢れただけなのかもしれない。


僕と一緒にこの学校で育った生徒のみんなにはこんなふうに、喜びや感謝の気持ちを素直に表現できる人になってほしいと願う。


何気なく生きているように感じているみんなの人生は、実は多くの人たちの支えによって成り立っている。


家族、友達、先生だけじゃない。事務の人、地域の人、君たちがイラズラをして詰まらせた便所を治してくれた業者の人、今までに出会ってきた人、まだ出会うことのないこれから出会う運命の人。その人たち全てに素直に「ありがとう」を伝えられる人になってほしい。


3年間本当にありがとうございました。

ウオッカが、先日UAEのメイダン競馬場で行われたアル・マクトゥーム・チャレンジ・ラウンド3で8着に敗れたのち鼻血を発症し、見据えていたドバイWCへの出走を待たずに引退することになった。


「夢をありがとう。」


ありふれた言葉だけど、今胸に浮かぶ素直な気持ちだ。きっと、世界中の競馬ファンが同じ気持ちに違いない。


-女王-


そう呼ばれることの多かった彼女だが、けっして無敵の絶対女王というわけではなかった。


同い年の最強ライバル、ダイワスカーレットの存在や道悪のコンディションに泣かされたこと、苦手な競馬場では思うように結果が出せないことも多かった。それでも多くの競馬ファンを惹きつけてやまない彼女の魅力は、負けてもはい上がる、逆境をはねのける、いつも最後には不屈の走りを見せてくれるところだろう。


女のくせに、泥臭くて負けず嫌いでしぶとい。それでいて、鮮やかにゴールを駆け抜ける瞬間のその姿はいつも、凛としてあまりにも美しい。


ディープインパクトやテイエムオペラオーら先を行った偉大な歴史的名馬たちとはまた違った、新しい伝説を数々刻んでくれた女性だと思う。


そんな彼女の魅力を象徴するレースがある。


2009年11月29日東京競馬場。第29回ジャパンカップ。奇しくも彼女にとって国内最後のレースとなってしまったこのレースに、彼女の魅力の全てが、競馬というスポーツの魅力の全てが詰まっていたような気がする。


失意の毎日王冠、天皇賞を経、もう負けるウオッカは見せられないし、見たくない、陣営もファンもまさに背水の陣で臨んだジャパンカップ。2000mの天皇賞を勝てなかったのだから、距離が延びるジャパンカップは厳しいのではないか。実際、3才の時のダービー以降2400mでは勝ちがない。まして、相手は世界中の猛者たち。年齢も年齢だしそろそろ限界なのかな。そう思った人は少なくなかったはずだ。


それでも彼女は1番人気に支持される。

そこには、彼女の走りに何度も勇気を与えてもらってきたファンの夢はもちろん、競馬というスポーツに託された

限りない可能性という夢までもが集まっていたように思う。


道中じっと足を溜め、抜群の手ごたえで4コーナーから最後の直線へ。早めに突き抜けたウオッカは外から猛追するオウケンブルースリをハナ差封じた。


この走りこそがウオッカだ。


「負けてもはい上がる、逆境をはねのける、最後には不屈の走りを見せてくれる」


そう信じて支持したファンの夢を叶えた。だから彼女は愛されるんだ。


信じ続ければ、夢は叶う。そう彼女の走りは教えてくれた。


今後はお母さんになってまた新たな名馬を生む。彼女の走りがもう見られなくなるのはとても寂しい。まだ続きが見たかった。けどその夢の続きはまた次の世代に引き継がれてゆく。いつかまた彼女のようないい女に出会いたいものだ。そしてまた一緒に夢を見て、夢を叶えたい。


ウオッカ、本当にありがとう。