「私たちの家に来てから半年くらい経ってからだった。あの子が突然笑い出したの」
蛍子さんは僕を見ながらも、どこか別の場所を眺めているような顔をした。
「それまで、何にも感情を見せなかったのよ、あの子。その時は嬉しさ半分、怖さ半分で、混乱したのを覚えているわ。でも、それから1日経つと、あの子は元通りになった。何も、感情を見せなくなった」
蛍子さんは俯く。目を逸らすように。
「それから、一日おきにあの子の様子は変わっていったの。ある日は大笑いして、ある日は怒り続けて。男の子のようになった日もあったわ。それはあの子が中学生になっても治らなかった」
「......それで、俺はおかしいと思って、蛍子に病院へと、連れて行って、もらったんだ」
慎三さんは涙を頬に流したまま、しゃくり上げながらも話す。
「そうしたらな、医者に言われたんだ。あの子は"解離性同一障害"の可能性が高いって」
「解離性同一障害?」
聴きなれない単語に、僕は思わず口に出す。
障害って何なんだ? 彼女は何かの病気だったのか? 長い間一緒にいたにも関わらず、僕はそんなことにも気付いてやれなかったのか?
頭の中で、様々な考えが駆け巡る。罪悪感と混乱が混ざり合い、息が上がってくる。
そんな僕を知ってか知らずか、慎三さんは話を続けた。
「多分、多重人格と言った方が分かりやすいかな?」
「......多重人格って、あのドラマとかアニメとかに出てくる、一人の人の中に何人もの意識がある、あれですか?」
「ああ、そうだよ」
僕は記憶を辿り、出来る限り彼女のことを思い出した。でも、一向に彼女の真実への伏線は掴めない。
「どうして......なんで彼女は僕にそ!を言ってくれなかったんですか!」
立ち上がり、机を強く叩きつける。静かな店内に音が響いた。
頭が真っ黒な何かに浸食されていくのが分かる。
そうだ、僕は今、混乱しているのだ。
彼女が思い出せずに、彼女のことが信じられなくなっているんだ。
蛍子さんが、僕を宥めようと隣まで来て、僕の肩に手を置く。
それでも、鼓動は速く鳴り続けていた。