死の誘惑、昼下がりのことでした。
いつものように幻聴に悩まされ、初夏だというのに布団を上から下まで被り、
両親が帰ってくるのを必死で待ってた時でした。
本当にいつものように、過ごしていました。
いつものようにスマホをいじったり
いつものように薬の副作用に任せて寝てみたり
いつものようにパソコン開いてみたり
いつものように いつものように。
何ら変わらない日々でも、それは襲ってきました。
ある一瞬、私は何をしているのだ、と我に帰ります。
台所に立ち、ボーっと時計を眺めていました。
午後3時を回ったころでした。
食事は終えたし、水を飲みに来たわけでもなく
ただ何を目の前にするかも何も考えずただつっ立っていたのです。
幻聴がひどく、何を言ってるのかさえわからない機械音を頭に巡らせ
「ああそうだ、頓服飲もうとしてたんだ」
と目的を見つけ、薬を手に取ります。
その時でした。
幻聴が初めて声を持ったのです。
「死ね」
はっきりと私に囁いた声は紛れもなく私の声でした。
私は私自身の幻聴に死の誘惑へと狩られ
結果、ありったけの薬を出してしまいます。

これらを一気に飲み干し、気がついたときには
空の薬入れが目の前にありました。
気が動転した私は親友に電話し
「どうしよう、どうしよう、死にたくない」と騒ぎ立てます。
そして両親に電話して
「いっぱい薬飲んじゃった助けて」
と訴えます。
私の場合、残薬数が少なかったのと
すぐに我に帰って助けを求めたのが救いでした。
この後、過呼吸を起こし救急車で運ばれますが
胃洗浄などはなく、点滴一本のみで帰れました。
後に聞いた話ですが、両親は私の様子を担当医に告げると
「顔色が変化したり、何かあったら救急車を呼ぶ程度で大丈夫」
と言われたそうです。
OD、大量服薬などで人は簡単に死ねません。
その後に辛い胃洗浄や後悔、後遺症などが残るだけです。
私はODをし、丸々3日間くらいは足元がおぼつかないまま
トイレも自由に行けず、両親の介護無しでは生活できない状況になりました。
今でも後悔しています。とても、とても。
この日以降、母親が私の介護と監視に付き、
家族の生活サイクルが狂い始めてきます。
そして入院を決断することになります。