再掲。
ネガティブな内容しか下書きに残していなかったが、モチベーションがある今のうちに書き残しておこうと思う。
当方、教職課程を取っている大学生。その中で、モチベーションを下げないように自分の中で”目標にしている教員”を決めている。
校種は違えど一応教員という職業を視野に入れている段階にある以上、自分の理想に少しでも近づきたいから。良い方向に成長したいから。
ここ最近、そんな”目標にしている教員”と話す機会が多く、様々なことに気付いたし気付かされた。
”目標にしている教員”といちいち打つのも面倒なので、以降”目標の教員”とする。
まず、私の「”目標の教員”とはどんな教員か?」という話だが、小中高で一貫して共通していたのは「おっちょこちょい」だったということである。
お堅いイメージのある教員だからこそ、中におっちょこちょいな人がいると「教師も自分らと同じ人間なんだ、完璧ではないんだ」と思わせてくれる。「完璧でなくては」と追い詰めていた自分にとって、そういった一面を見せてくれる教員の存在は大変ありがたいものである。
もちろん、大学での”目標の教員”も例外ではないのだが、本人はそんなおっちょこちょいな教員自身の面を少しよく思っていなかったらしい、ということが最近になって分かった。
その瞬間、思い出したのである。
そういえば、過去に後輩に”目標の教員”のことを軽く紹介したことがあったな。本人の目の前で…と。
その時、「おっちょこちょいな面もあるのですが…」と言ったな、と。
待てよ、それって気にしてたことを言ってしまったということなのか?
自分的には「親しみやすい一面がある」という意味で使ったんだけどな。なんだか申し訳なくなってしまった。
言葉の選択って難しいな、気をつけねばと思うと同時に、一言「すみません」と言いたい気持ちでいっぱいになったのであった。
でも”目標の教員”はおそらく許してくれていると思ってしまう自分がいる。教員なめんなと思うかもしれないが。何故かって?直感である。
また時間あれば。