l 信じて、信じて、信じ抜いて生きる


人間が人間を信じて、信じて、信じ抜いて生きるためには、理屈ではありません。
理性と感性とを協力させなければなりません。
「信じる」から「信じ抜く」ためには、理性的な努力が必要なのです。

人間は不完全な存在であるがゆえに、心ならずも失敗したり、罪を犯したり、ウソを言ったり、だましたり、裏切ったりする。

理性を使って、人間は信じられないものだと認識する。
その上で「理性的には信じられないものを、信じて、信じて、信じ抜いていく」という奇跡的な決断ができると、
理性では信じられないことが起こってくる。
理屈じゃないから、理屈では考えられない奇跡が起きる。

これが人間的な真実の愛の姿。

信じて、信じて、信じ抜いて生きることは、理屈を超えた愛です。

「信じる心」を「信じ抜く力」という愛の力に成長させる。
理屈をこえて、信じて、信じて、信じ抜いて生きると
次々と信じられない奇跡の扉が開いていくのです。

繰り返し、繰り返し、繰り返してやってみる。
できるまであきらめない。


繰り返し、繰り返し、繰り返して、「万策尽きた」
「これ以上できることはない」というところまでやる。
それでもあきらめず結果が出るまで挑戦する。

本当の失敗とは、自分があきらめた瞬間です。

失敗は、その問題を乗り越える必要な能力とは何かということを教えてくれる。
理性で考えると「これ以上やってもムダ」となる。
万策尽きたと思ったときでも、「なにくそ!」と思えるかどうか。
理屈ではない。

失敗はない、すべて経験になる。
繰り返し、繰り返し、繰り返す。

万策尽きたと思っても、それでも繰り返すとき、眠っていた潜在能力が目を覚ます。
理屈ではないから、理屈では考えられないような奇跡が起きるのです。
あきらめない限り失敗ではないのです。
失敗の連続は、成功への確率を増やしていくことです。
失敗は、なにをしてはいけないかを教えてくれるのです。