素晴らしい文章を紹介いたします。
テイク&ギブテイク・ニーズ ブライダルプランナー 有賀明美さんの投稿より
「1ヵ月後に結婚式を挙げたいんです」
そんなお電話をいただいたのは今から10年前、私がウェディングプランナーになってまだ2年目のことでした。
新婦のお父様は末期がんで余命一ヶ月。お母様がおられず、ご自分を男手一つで育ててこられたお父様にどうしても花嫁姿を見せてあげたいとのことでした。
結婚式は通常半年から1年をかけて準備をするのですが、私は事情を伺い、絶対に花嫁姿を見ていただきましょう。と約束をしてすぐに準備にかかりました。
ところが翌日、新負はその予約をキャンセルされたのです。お医者様から改めてお話があり、お父様はもうあと2週間くらいしかもたないと言われたそうなのです。
「一ヵ月後では間に合わないので諦めようと思います」
受話器を置いたあと、釈然としない思いが胸を覆いました。本当にこれでよいのだろうか。
私は情に薄いタイプの人間でした。それまでは人と深く関わり、心の底から感動をしたり、嬉し涙を流したりした経験は皆無でした。当時社会的にはほとんど認知されていなかったウェディングプランナーという仕事を選んだのは、この仕事を通じて「有賀さん、ありがとう」と名前を呼ばれるような働き方をしたいという思いがあったからです。
考えた末、私はその新婦さんに病室での式を提案させていただきました。人の命が関わっており、駆け出しの私にはとても荷の重い仕事でした。人としてぜひこの仕事をお受けしたい。ここで何かをすれば、何かが変わるかもしれない。そう考えて社長に直訴し、新婦もその提案を大変喜んでくれたのです。
ところが非情にも、お父様は挙式を翌日に控えて天に召されてしまいました。どうして神様はあと一日待ってくれなかったのだろう。悔しい思いと共に、後悔に念が胸を突き上げました。余計なことをしてかえって皆様を傷つけてしまった。なんとお詫び申し上げるべきか・・・・・・
ご連絡をためらっていたところへ、新負から思いのほか明るい声でお電話がかかってきました。葬儀は無事終わり、入籍も済ませましたので真っ先に私に報告したかったとおっしゃるのです。
「父に花嫁姿は見せられませんでしたが、おかげさまで式のために集まった皆さんから見守られて父は逝くことが出来ました。きっかけを頂いた有賀さんは私たちの恩人です」
はじめて自分の意思で一歩を踏み出した結果、思いもかけず頂いた感謝の言葉。私は頬をぬらして受話器を握り締めました。
就職した12年前は結婚式とはこういうものという固定観念がまだ根強く残っていました。型通りに進行されるプログラムの中で、普段は個性的な新郎新婦も借りてきた猫のようにおとなしくなり、式場で流される涙も想定内のものでしかありません。
せっかく高いお金を払っていただくのだから、もっと楽しく盛り上げるものにしたい。素人の強みから、ケーキカットの場所や順番などこれまでの決まりごとを次々と変え、時には事前の打ち合わせにないサプライズの要素も取り入れ、お客様から大きな反響を頂きました。
もちろん奇をてらえばよいというものではありません。新郎新婦に意味があり、喜んでいただけるものでなくては逆にクレームになります。そのヒントを探すため打ち合わせの段階から新郎新婦のちょっとした言葉や表情の動きには神経を張り巡らせているのです。
気がつけば関わらせていただいた式は1000組以上になり、印象的なエピソードをこのほど自著「大切な人に「会いたくなる結婚式の物語」に綴りました。けれどもこのウェディングという仕事は、いくら経験をつんでもベテランになれない仕事だと実感しています。お二人の歩みやご家族との関わり方など、どの組にとっても同じケースはないからです。
良いアイディアが浮かばず逃げ出したくなることもしばしばです。それでもこの仕事を続けているのは、人見知りで深い人間関係を築けなかった私が、この仕事を通じて人様の人生に親身に関われるまでの成長できたこと。そして式が終わるたびに「ありがとう」の言葉をいただけるからです。
冒頭に紹介した新婦については、喪が明けた後に式のお手伝いをさせていただくことになりました。式は天国のお父様に見ていただけるようにガーデンで行うことになりましたが、当日はあいにくの雨。浮かない新郎新負の傍らで、私たちスタッフは準備を進めつつ、どうか晴れますようにと心のなかで祈っていました。
するとどうでしょう。予定の15分前に雨がぴったりと止み、式を無事執り行われたのです。
「奇跡が起きましたね」
新郎新婦にお声を掛けたとき、お二人方いただけたお言葉に涙が溢れました。
「いいえ、私たちにとっての奇跡は有賀さんに出会えたことです」
仕事で悩むとき、迷うとき、あの感動が今も私を支え、後押しをしてくれます。これからも手を携えて人生を歩んでいかれる新郎新婦のために、「ありがとう」と喜んでいただける思い出に残るひと時を作ってまいりたいと思います。
UNIXが目指すパーソナルサービスの原点がここにはありました。
有賀さん、ありがとうございました。