理容室の待遇は入社当時、三食住み込みで2年間は3000円のお給料が支給されていました。自分にとって給料等どうでも良かった?と言っては言い過ぎではありますが、それほどこの仕事の魅力にはまっていたのは間違いありません。先輩達にはサロンの環境を不満と思っている方もいて、先輩からの愚痴を聞くこともありました。私はその話を聴いた振りをして聞き流していました。つまり愚痴を聞いたとしても何の解決にもならないと自分では思っていました。愚痴を言うくらいなら行動を起こしたほうが解決する!と考えている節がありました。

又、児玉家家族と同居するという事は奉公をするのと同意語でもあるのです。だから時には家族のお手伝いもすることもありました。私の担当は、幼稚園に通う娘のお供でもあります。今の時代ではありえないことですが当時は何の不思議も感じていません。私のポジティブシンキングはこの時代から育っていたのです。

通園に通う傍ら、時には時間つぶしを行い、お迎えついでに昼寝を敢行なんてこともありました。

児玉のママはとてもサバケテいて、なんにでも相談に乗ってくれました。私自身、余り悩み事のない性格でしたから、まるで家族と同じように接してくれている事がとてもうれしかったし、蕨の実家に帰ることを楽しみにする事もなかった。同僚達は地方から出てきている人もたくさんいて、お正月には皆さん帰郷をするのですが、それが何よりも楽しみ!と訴える先輩もいて、時には不思議なくらいでした。