私たちの学校は修学旅行を春に開催されていました。しかしチームが勝ち進んでいたために野球部だけが参加する事ができません。確かにクラスの仲間たちとの交流ができた修学旅行は人生の思い出になるはずです。しかし私達部員はそれに後悔をしたことはありません。返ってそこまで行けたことを誇りに思っていました。

夏の大会が終わり部員達は就職活動に取り組み始めましたが、私自身は進路が決まっていて夏休みを謳歌する事となりました。

母の姉が九州宮崎にいて、2週間の一人旅に出かける事にしました。

当時は宮崎までは列車で行くことが普通で丸一日移動に掛かるのです。夜行列車に乗って翌日の昼頃に延岡に着いたと記憶しています。

母の姉の実家も理容室をやっており、延岡では成功者に1人でもありました。

叔父はとても気心の優しい方で私の訪問を大歓迎してくれ、家族同様に接してくれました。

私が野球に没頭しているころ、我が家には従姉妹が1人我が家に居候していました。その彼女は宮崎の叔母の家の長女で、美容学校に通う間、我が家にいました。そんな関係もあり、延岡の家族とはとても親しい関係もあり、私の訪問を歓迎してくれたのでしょう。