自分の高校生活はまったく野球一筋だったわけでもありません。


面白い話がありました。自分は、本を読むのが好きでした。当時は石坂洋次郎の作品が中心で青春モノがはやりでもあり、「青い山脈」「若い人」などは代表作品です。当時のマドンナは吉永小百合で、自分とは同じ年代という事もあり憧れの的でもあります。


 しかし、当時映画を見る事は、少年にとって悪の道に突き進むきっかけでもあり、学校でも禁止されていました。当然、喫茶店に出入りする事もタブーな時代です。そんなはけ口として、青春小説は若さを表現するひとつの方法として存在していたのかもしれません。


本を読む楽しさと同時に、自らペンと取って小説を書く事に挑む事も、とても興味がありました。授業中にボール縫いをするのは一年生のときで、2年生を過ぎてからは、授業中に小説を書く時間に費やしていた事もあり、少しずつでも作品として出来上がってきたのです。それは誰に読んでもらいたいというものでもなく、自分の思いを文章として表す事の楽しさを見つけたことに喜びもありました。


あるとき、担任から呼び出しを受けた事があり、理由は定かではありませんでした。担任から告げられた言葉は「水島!君は小説を書いているのか?」との設問です。誰にも話をしていない事でもあり、ビックリ、誰からもれたのだろう?と疑問に思っていました。