深夜、月のない空の下、噴水が寂しく動いている公園で、1人の女が震えていた。

 衣服が乱れ、顔には涙の跡が幾筋もあり、顔の筋肉は恐怖の状態で硬直している。



 

 彼女は数時間前まで恋人といた。

 付き合って2年、今日はそろそろ結婚しようかという話をしながら食事をして、2人で住んでいるマンションへ帰っていたのだ。 

 そしてその恋人は今、公園の前の路上に捨てられている。



 目の前にいるおぞましい化け物の手によって。



 新月のせいで視界がおぼつかなく、光源といえば公園内のライトのみ。

 しかし、それだけでも化け物の全貌は把握できる。



 近づいて来る度に、アスファルトと脚がぶつかる音がし、その音の異様さで体が硬直して動けない。

 その前に、女は怪我をしているせいで体の自由が利かなかった。




「い、いや…もう殺してよ」




 泣きながら訴える女に、化け物は腕を伸ばした。










 昔の名前が思い出せない。



 思い出そうとすればするほど、自分が自分ではなくなってしまいそうで、もういつだかわからない程昔に忘れた感情を思い出してしまいそうになる。

 恐らく余計だったから昔の自分は忘れたのだろう。



 ならば思い出す必要もない、思い出したら面倒なことになるだろうから。




 ふと、目の前で動かなくなった女を凝視する。

 こんなに傷ついてしまったら、もう玩具として遊ぶことも出来ない。



「ツまラナいモのダ」




そう呟き、公園内に設置されている噴水の方へ足を進めた。

 そっと縁を掴んで覗き込むと、かつての自分とは似ても似つかない醜悪な姿が映った。

 昔は綺麗だと言われたものだが、今はもう綺麗などとは絶対に言われない。





「早く探サナいト」





声に出して空を見上げると、月のない空では星々が自らの輝きを主張しあっている。





「私ノ魂を、早く探サナいト」





噴水から離れ、アスファルトと脚がぶつかる不気味な音を立て、倒れた女の元へ歩み寄った。




 けれど、今はこの時間を愉しもうと思った。





「私ダけ幸せデハなイ、不平等ジャなイカ」





声に出すと、化け物は長い尾と巨大な鋏を持ち上げた。





 真夜中の公園に、生々しい音と、化け物の笑い声が響いた。











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