ロンドン時代のお友達が東京からおばあちゃまと二人で京都にいらっしゃいました。
お歳を聞くとびっくりしてしまうのですが、気品があり美しくて若々しいおばあちゃまです。
素敵で爽快なお話を美しい日本語で聞かせて頂き、あっという間に過ぎた嬉しい時間
おばあちゃまは晴れ渡った青天のような方だと感じました
また是非お会いしたいです
瞑想の時雑念を無くす為にするイメージというのがまた興味深いお話でした。
おばあちゃまの瞑想。(おばあちゃまは神道だそうなので、)
神様から自分に降り注いでいる光が、自分の細胞のひとつひとつに宿り、
かがやいている。。。
私は月一回のyoga教室に、かれこれ一年ほど通っていますが、
yogaの中にシャバーサナ=屍(しかばね)と言われるポーズがあり、
文字通り死人のように全身の力を無くし、頭や心の力も無くして、
うっかりすると眠ってしまう位の究極的リラックスポーズなのですが、
実は簡単そうで一番難しい・・・
何も考えない、ということが非常に難しいのです。
あれをしよう、これをしなきゃ、夕食は何にしよう・・・日々の雑多な事を勝手に考え始める心。
はじめのうちは自分の呼吸に意識をのせると良いというのが、
yogaの先生からのアドバイスでした。
最初はうまくいっても・・・やはりいそがしくあちらこちらへと動きだす心。
完全な無の境地というのは相当な修行を積んでようやく啓けるのでしょう。
このシャバーサナの時は、何も考えないぞ~~と思い、
やっている間はもちろんリラックスしているのですが、
どうしたら全く何も考えなくなれるのだろう・・・と、いつのまにか考えている心。
おばあちゃまの瞑想のお話をお聞きして
私はふとyogaの先生がおっしゃる「ナマステ」の話を思い出しました。
yogaの始まりと終わりに必ず合掌して「ナマステ」と挨拶します。
インドのこんにちはであり、ありがとうである挨拶「ナマステ」は、
もともとはナム(南無)アステスと言って、
奥深くに誰もが持つ仏様に帰依(きえ)します、というのが語源なのだそうです。
「ナマステ」と言うときは、相手の中にいらっしゃる仏様にも自分自身の中にいらっしゃる仏様にも、
私はあなたに帰依します、とご挨拶しているのだそうです。
おばあちゃまのおっしゃった「神様の光が自分の細胞のひとつひとつに宿っている」・・・というイメージと、
先生のおっしゃった「全ての人の心の中に仏様がいらっしゃる」・・・というイメージが、
どちらもとてもあたたかくて、おごそかで、
自分を含めた全ての命が尊く、その存在に感謝の気持ちと愛を表したいと願わずにはいられない・・・
これが瞑想の心ではないか、と感じました。
うまくいかないと思っていた上手な瞑想のヒントは、いつものご挨拶にも隠されていたのですね。