第十二の巻 星座の試み の中
独り寂しく星座づくりを続ける過去への郷愁、そんな寂しいことなど止めたらいいのに、小田さんの星座づくりは、地球のそれとは、ちょっと違った。小田さんは、宇宙を広く飛び回れるわけだから、アンドロメダの銀河の上下左右、広い範囲に立つことが出来るから、造った星座は、造った場所でみないと、まったく違ったものになってしまう。牛座は横から見たら牛座では全くない。星と星の間の距離は、四光年だったり、十光年だったりするが、それら星の分布は、似たり寄ったりの場所と、まったく違った配置の場所があるから、牛座だと思ってしばらく走って横から見ると、その星座は、犬座にそっくりだったりする。これが宇宙の立体的星座の面白い処なのである。これまた、惑星に住むビン類などに、解らせることはできないまったく張り合いのない独り芝居である。いいいことに、星はすべて丸くできているから、四方八方に。ほぼ同じ明るさの光を放っており、星には裏も表もないわけで、小田さんがどこを飛び回っても、星はいつも小田さんに光を投げ続けてくれているのである。ただし、小田さんの星座はほとんどすべて、恒星でできているのであるが、たまに例外として、小っちゃな惑星が、近くで、恒星の光を受けて、光っていることがある。この場合は、小田さんの後ろの恒星が、この惑星を照らして、まるで遠くにある恒星かのように、見せているのである。
今日は、とうっかり、この言葉を使ったが、宇宙には、今日も明日もありゃしない、せいぜい、今とさきほどがあるくらいの時の経過なのである。しばらく走ると、珍しい風景に出会った。何が珍しいかというと、南の国のヤシの林に降るスコールの雨、こんな景色である。小田さんは、ここから見える星座を「スコール座」と名付けた。
宇宙空間には、いろいろな石ころが走っているが、そこには地球の大気のようなものはないから、それらの石は、光を出すことはない。もし人間がそこにいたら、見えない石に当たって、即死となるだろう。近くに大きな恒星があれば、その石ころを光らせてくれるのだが、恒星から離れたところにいたら、まったく見えないし、とんでいる石ころは、あちこちの星の引力を、受けてスピードをつけているから、耳があったら、気体があったら、ひゅん、ひゅんと飛ぶ音が聞こえることだろうが、小田さんの体を、そういう個体が、断りもなく通過して行っている。
遠くに、小さな銀河のような星の固まりが見えてきた。近づいてみると、比較的ごちゃごちゃした星たちがある。それでも星と星の距離は、一光年くらい、これを称していえば、つぶあんのおしるこ、「おしるこ座」とした。小田さんは十億年前のおしるこの味を覚えているのだろうか。小田さんは日本人の男性であるからして、生前は酒好きともいえず、甘党とも言えなかった。だからおしるこの味はやっぱり、思い出せないといったほうが正しい。食べ物と言えば、果物があった。みかん、りんご、もも、柿、なし、などは、季節によって、移りかわる味の思い出である。「果物かご座」などという星座を、ひとつ置いておこうかと思う。