スピリチュアルな部分を、抑圧して生きていました。


今も、「この人になら・・・ここまで話しても大丈夫かしら・・・」と様子を見ながら話しています。




先日、本当に何も気にせずに話せる方とはじめてごはんに行きました。


サニアシンのTさん。



サニアシンとは・・・“出家した人”とか“悟る人”?とか“修行僧”という意味合いがあるそうです。

インドのosho系列の方々のようです。


Tさんは、私より少し年上のおおらかな空気感を持った女性キラキラ

その方と話していると、私、大地の上で寝そべっているような、・・・そんな自然体で心地よさを感じるのです。



話しながら


『あ、私、内面がサニアシンだ』・・・と思いましたひらめき電球



サニアシンは、名前をいただきます。

私は、その名前はいただいてないですが・・・きっとサニアシンです。

そして、またインドに行くかもしれないな・・・とご縁を感じています。

中央アジアにもご縁があります。




お義母さんとの、魂の約束がおわったら

きっと私はもっと、思い出していると思います。

― 何しに生まれてきたか?

  どんな、計画を立ててきたか?



もう、抑圧することを、手放していきます。




はっきり言える事は

私は地位や名誉を得るために生まれてきてはいない、ということ。

世間で言われる“形”を持つために(家族・家・社会的地位)生まれたのではない、ということ。



心が、どんどん楽になります。


どんどん、思い込み、枠がなくなっていきます。




そして、毎日が赤ちゃんがなんでも不思議に世界を眺めるのと同じように

この世界の神秘を生ある間にたくさん感じて生きていけるのだなぁ・・・と感じます。




ありがとう。

ありがとう。