GO!GO!GO!GO!
表現するならこんなカンジ。
いつも無鉄砲、偶に慎重、
頭の回転は随分速いけど、
大切な事は結構見落としがち。
赤の他人の心象風景は嫌味なほど見透かせる、
身内や自分に至っては鈍感で片付けるのすらおこがましい。
やっと気が付いたことだから大切にしようと心がけるつもりでいたけど、
ほら、やっぱり衝動を優先しようとしているあたり、
成長の片鱗なんか欠片ほどもないのかもしれません。
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「二度と帰ってこんでもかまへんよ」
盛大にわめき散らされて、ビンタの一つも飛んでくるかと構えていたら、
薄い笑顔を貼り付けながら低い声でそう言われて、
高飛車な言葉と尊大な態度でそれを押さえ込もうとしていた自分の動きは、
一瞬にして固まった。
ドクドクドクドク、
身体中を巡っている血液が、
ドクドクドクドクものすごい勢いで巡りだす音が脳髄に響きだす。
本能的にこれはちょっとまずいと思うが身体は全く動かず、
バタン、という音とともに閉められた扉を幻のように見送る事しか出来なかった。
和葉が部屋を訪ねてくるほんの30分前までは、
確かに今日の予定は和葉とともにする事だった。
一本の電話があって、それがほんの30分前で、
ちょっと遠くて、でも、いてもたってもいられなくなった。
いつものように和葉が扉をノックもせずに空けて、
いつもじゃありえない既に身支度を整えた俺が其処にいて、
ただ、今日行く予定のテーマパークにふさわしい軽装ではなく、
2、3日自宅を留守にする程度の荷物と、
乗らない筈のバイクに乗るため極力肌を露出しない服装だったのだけれど。
それこそ長い付き合いだ。
その状態を目にすれば、
自分が今から取る行動など和葉には何も言わずとも察せられる筈で、
今から始まるちょっとした修羅場をどうしたら軽くやりこなせるか、
それしか考えてはいなかった。
まさか一言告げられて、そのままきびすを返されるなんてことは全くの想定外だった。
自分の予測の展開から外れるなんてことはありえるはずはなかったのに。
なんだこれは?
ドクドクドクドク、心臓の音がやたらとうるさい。
別にいつもと変わらないじゃないか、このまま出かけてしまえばいい。
今日はたまたまこうだっただけじゃないか、
2、3日して帰ってくれば、きっとまだ怒っているだろうけど、
いつもみたいに宥めすかせば、
きっと、すっかり忘れて機嫌よく後ろを付いて回ってくるに決まってる。
別に今日じゃなくてもテーマパークなんぞ逃げては行かないし、日曜日は毎週ある。
そう来週だって、再来週だって、その次だって……
今日は誕生日。
誰の?俺の?いや和葉の。
バタンッ、ドタッ、ドカドカドカドカッ、
ノブが吹っ飛びそうな勢いで扉を開けて、踏み抜きそうな勢いで階段を駆け下りて、
既に出かけるかのごとく左手に掴んでいたバックなど放り投げたから、
壁の片隅にでも転がっているだろう。
元々トロいし、俺に比べたら随分短い足だから、そう遠くへはまだ行ってはいない筈だ。
長い付き合いだから、どっちの方向に向かったのなんか簡単に予測はつく。
長い付き合いだから、
実はこれがどんなに危機的状況なのかも嫌味なぐらい気が付いている。
背中を嫌な感じの汗が伝っているような気がする。
こんな事よりももっとこう生命危機的状況に陥った時ですら、
こんな感覚は感じちゃいなかった。
そんなやわなつくりは元々していないのだから。
ドクドクドクドク、もう既に血が逆流しているような勢いで脈が波打つ。
もっともそんな事になってたら、生命活動は既に停止しているのだろうけど。
何を選んで、何を後回しにして、本当のところは何を一番優先させなければいけないのか、
何度繰り返したら自分は学習する事ができるのだろうか?
幾らなんでも流石にこれはわかっていなさ過ぎるにも程がある。
単なる知的好奇心と自尊心を満足させるだけで通り過ぎていくだけの事柄と、
自分のいるべきところを確認させ安住させてこれからも続いていくだろう身近な誰かと、
比べていいものといけないものの区別すら付かない自分は相当恥ずかしい人間だ。
壊れ物なんかじゃない、でも脆い。
判っていたじゃないか、そんな事、最初から、
長い付き合いなんだから。
「ちょお待てっ!!和葉ァッ!!」
近づいてきた背中に手が届くよりも先に飛び出した言葉に、
一瞬びくりとすくませた背中は駆け出し、また勢いを増して離れていこうとする。
元々トロいくせに俺よりも全然足なんか短いくせに、
全力で離れていこうと前後に激しく揺れる背中。
追いつかないわけがないだろう?
ただ、その背中をこの腕に抱きこむまでは、
早鐘のように鳴り打つ脈が収まる事はないんだろうけど。
謝罪の言葉を口にしたらそれを認める事になるから、
君に向かって音に乗せてそれを聞かせることはしたくないから、
なかった事にして誤魔化して宥めすかして抱きしめて、
だからこそ、この手に触れるまでのその背中にありったけの謝罪の気持ちを向けるよ。
ほんの短い時間でも掛けちゃいけない天秤に掛けて、
あまつさえ、その重さをとり間違えたなんてこと。
すみませんごめんなさいゆるしてくださいもうしません。
触れた瞬間、また速度を上げようとしたその背中を掻き抱いて、
苦しさに悲鳴をあげても振りほどこうとどんなに暴れられようが離さないと、
力を込めた腕に落ちてきた雫に、
静まりかけていた音がもう一度ドクンと脈打った。