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Last will and tastament 「私の遺書」解らないことを分かりやすく

空想家な私が死を迎える前における遺書としてのブログです。
 知的好奇心のみが私が未だ生きている理由であり、それらがアウトプットされる場面を空想しながら書いています。
 余命に予断が許されず、文章の保管場所としてブログを書いています。
 

私は小学生になってから理科という科目を習ってきました。

中学生になると分野Ⅰ、分野Ⅱというように分かれていたと記憶します。

高校生になると化学、物理、生物、地学にさらに分割されました。

今更ながら奇妙に感じてしまているので、少し私の想いを文章にしてみます。

 

「理科」って英語に訳してみるとすればどの単語を使えばいいのでしょうか。私は英語圏での教育経験はないのでよくわかりませんでした。

手元に和英辞典がないので特に調べていないのですが、真っ先に思い浮かんだのが標題に使っている science という単語です。

The New Oxford American Dictionaryのscienceの項目を見ましょう。

抜粋すると、

 the systematic study of the structure and behavior of the physical and natural world through observation and experiment

(物質の構造や挙動、観察や経過によって得られる自然現象を体系化した学問)

という風に書かれています。

 こうしてみるとかなり広い分野で認識されており、ひとつひとつが独立したものでなく相互に作用しあっていると捉えられるのではないでしょうか。

 そして「理科」は「科学の理論」の略語ではないかと推測しています。自然界から得られるscienceを理論づけることかもしれません。

 

 私が主張したいことはせっかく統一された理論を分割して一部のみを教育の対象とすることに違和感を感じるということです。

 先に挙げた化学、物理、生物、地学のうち私自身は物理と化学の途中までしか学校では習いませんでした。高校も様々であり、今の時代のことも詳しくは分かりませんが、私自身は後悔があります。

 「ああ、なんで理科の一部分しか知らなかったのだろうか」と。

 今になってわかる学問の面白さでしょうか。それらを子どもの頃に気付くことができる良い方法にはどのようなものがあるのだろうかと、これかか熟慮していきたいと思います。

 

 ひとつのヒントは言語学かな?と思いつきましたが、それについてはまた機会を見て、私の考えをまとめてみたいですね。