Last will and tastament 「私の遺書」解らないことを分かりやすく -44ページ目

Last will and tastament 「私の遺書」解らないことを分かりやすく

空想家な私が死を迎える前における遺書としてのブログです。
 知的好奇心のみが私が未だ生きている理由であり、それらがアウトプットされる場面を空想しながら書いています。
 余命に予断が許されず、文章の保管場所としてブログを書いています。
 

 ”π”ギリシャ語のアルファベットのひとつです。ローマ字では”p"にあたります。

発音では"pi"つまりパイと読みます。数学では円周率を表します。

 

 標題の”How I wish I could culculate pi."は(どれほどπを計算したいことか)という意味です。自分自身に対して疑問形で投げかける手法で"I wish"の気持ちを強調しています。

 

 さて円周率ですが、私は小学生の時に「3.14」と習いました。実際に紙を正円の形に切って作り、定規の上で転がして円周の長さを測りました。

 円の直径×円周率=円周 なので、直径と円周の数値が分かれば円周率が計算で求められます。いくつかのグループで計算したのですが、どのグループとも3.10~3.30くらいに収まったことを記憶しています。小学生が行った手作業での実験でしたが、誤差は小さいもであったことを記憶しています。

 

 詳しくは知らないのですが、現在では円周率はまずは「3」で教えていると耳にしたことがあります。「3.14」を用いても「3」を用いてもどうせ計算結果はきれいな数にはならず四捨五入することになりますから、最初から小数点以下を四捨五入していても結果は変わらないことでしょう。計算方法としては合理的です。あまり複雑な計算ばかりですと算数・数学嫌いになるかもしれませんから、こうした合理的な方法を知ることも大切なことです。

 

 私は学術をジャンル分けせずに学習することをテーマとしていますが、それは様々な角度からの観察・解析をすることを意味します。

 文学的思考、論理的思考など相反する考え方を融合させることを理想としています。これが素晴らしいことであるとは限りません。混乱を招くだけで非効率的な気もします。ただの個人的な理想形でしかありません。

 

 こんな私だから、文学的叙述に心を奪われ、論理的思考に傾倒するという異端者的な言動になっています。いわば「不安定」を自ら取り入れている形になっています。

 

 統合失調症患者の特徴として頭の回転がスピードオーバーしています。そもそも文章を書く手がまったく自分の思考に追いつきません。そのため自分の気持ちを文章にすることは不可能です。文章化されたものはだいたいのあらすじでしかありません。肝心なところが抜け落ちてしまうことが往々にしてあります。

 文章の何倍もの大きな世界が私の想像の世界には拡がっていて、不気味な速度で変遷をたどり、消えていきます。とても記憶できる量ではありませんので、すぐに消えていきます。こうしてみると、夢も現実も大差ないことが改めて感じ取られます。

 

 短歌や俳句に私が傾倒するのは、広大すぎる思索の表現に限られた文字数で立ち向かおうというパラドックスな試みなのです。「言外の言」という世界観に傾倒していると言えましょう。

 

 私のこうした思考術は生産性はありません。費用対効果の薄いものです。現実世界の価値観では単なる娯楽に過ぎないのでしょう。竹林の七賢のごとき扱いを受けるのも当然でしょう。

 

 なお、”How I wish I could culculate pi."は円周率を表す文章です。各単語の文字数を左から並べると、3141592、つまり3.141592・・・というまだまだスーパーコンピュータが計算中の円周率を覚えるときに使う語呂合わせの意味がある英文です。