田舎の小さな工場は今日も大忙しだ。
朝は七時には出勤して夜は九時を回る。繁忙期の今は期間限定のアルバイトを雇いながら、一日フル稼働する。
寝不足と抜けきらない疲労で重い体を無理矢理起こして、ダッシュで朝の支度をすると、飛び出すように家を出て車に乗る。
こんな生活を何年続けているだろう。
もうすっかり付き合いも出来なくなった友人たちに話すと、何それブラック過ぎない? とか、大丈夫なの? 体壊さないようにね、とそれはそれは心配してくれるが、ありがとう、仕事好きだから大丈夫、と微笑むことを覚えた。
そう。私は働くことが好きなのだ。一応言っておくと、今の仕事そのものに特別な思い入れがあるわけではない。特別資格や技術がなければ田舎なんて就職先は少ないし、働いても働いても高収入を得られるところは限られている。
でも、何だろう、すんごい頑張ってる自分が好きなのだ。完全なるワーカホリック。自覚はある。
高校を出て少し街に出て専門学校へ行ったけれど、就職先がパワハラモラハラセクハラのオンパレードな本物のブラック企業で、メンタルやられて帰ってきた。
今の職場は忙しくて低収入なだけで、人間関係のトラブルは殆どないし、チーフを任されるようになって、ある程度自分の力量で采配できるのが楽しくてたまらない。
私おかしいかな?
と、たまには振り返ってみるけれど、自分が楽しいのだから良いではないか、といつも帰結する。
頑張っている私。
頑張りたい私。
そこにあるのは、何だ。
見ないように、気づかないようにしている四文字が時折頭を掠めるけれど、誰かに迷惑をかけるわけではないのだから、何の文句があろうか。
縁がなくて独身を貫いているように見えるだろうが、その分自由に動けるから、子どもが熱を出しました、学校行事が、と休んだり遅刻早退する既婚の同僚のフォローも万全。
結婚して子育てしてても同じようにバリバリ働きたいと思っているけれど、今の立ち位置が結構気に入っている。
何のために。誰のために。
誰でもない自分のために、と思っているけれど、動きを止めたらきっと、見たくない自分が見えてくる。
承認欲求、という怪物が、私を狂わせそうになる。
誰か褒めて。私を認めて。誰よりも頑張っている私、偉いでしょ? すごいでしょ?
違うんだ、そうじゃない、そんなことで私の価値を決めたくない。
パワハラで上から押さえられ、モラハラで傷つき、セクハラで不快な思いをして得たものは、思考停止に近い働き方だったのか。
わからない。わからないことは考えない。
でもこれだけは言える。
私は、働くことが好きなのだ。
それだけは間違いない。
fin