バスケの遠征で関西学院いった時の西ノ宮の風景。

なんか都会から帰る時って、また来たいと思えるな。



44連勝か。白鵬見てると励まされる。
さいたま市の論文試験を受けずに帰った。それですごく、悲しみと、自分自身に対する失望と、親の金に対する罪悪感を感じた。

でも少し時間がたって、沸き上がってきたのは、悔しいっていう強い気持ちだった。今まで研究室のセミナー間に合わなかったりしたときに感じてきた、でも意識しなかった思いも合わさっていたのだろう。

mixiして、ちょっと学校行ってりんごの樹に行くだけの毎日。

そんな日々を、少しずつ変えていきたい。藤谷さんやなっちゃんに甘えたい。

でも待って。甘えなくても、自分を幸せにする方法がきっとあるよ。

心の空洞に目を向けて。遊びも大切。勉強も大切。就活も大切。でも自分の心との対話を、つまらないと言ってやめないで。前に進むってことは、きっと何よりも大事なこと。些末なことは、後からでも大丈夫。心を大事にしよう。痛みと引き替えに。
すべては等価交換か。

何かと引き替えに、何かを得る。

おいしいとこどりなんて、できない。
過去は変えられないし、未来も予測できないけど、今は変えられる。毎日、少しずつでも何かを変えていこう。考え方、行動、意志。そしてどんどん要らないものを捨てて、身軽になっていこう。
悔しい。ムチャクチャ悔しい。自分から逃げ出した自分が。

くっそー絶対に自分で自分を幸せにしてやる!そのためにもっと自分と向き合う時間を取ろう。回復するにはある程度つらいことに耐えなきゃいけない。

ボク負けないもん。幸せになるもん!
みんなウサギと亀のレースのゴールを目指すけど、人生はそれだけじゃないから寄り道や道草も必要。でももちろんレースコースを進むことも必要で、要はバランスが大事ってこと。まあウサギでもカメでもなく、人間であれ。高みじゃなくて、深みを目指す。
藤本さんに会いたくない。嫌われる覚悟がいるな。話すこと全部は聞かないようにしよう。聞きたくないことはやめてくださいって言って、何か聞かれても答えたくなかったら別にいいじゃないですか、藤本さんは何してたんですか?って切り返そう。そして実験なんて大嫌いって言う。

おれって、やれって言われるとやりたくなくなるんよ。たぶんそうやって家の中でサバイバルしてきたから、自分が自分であるために。

分かんないかもだけど、例えば、食事のとき、あれ食えこれ食えって言われたりとか。ホントに逐一観察してきて、無言で取り皿に料理入れてきたりとか。そういうののせいで、ちょっとした何かをするときでもどう作業をしたらいいか、何から先にやるべきか、何が食べたいのかとか分からなくなる。

あとはどこ行ってた、何を食べた、何してた、子どもの全ての行動を把握しようとしてくる。

子どもは親の所有物であって、人間しゃないと思ってるし、そういうメッセージが親の行動によってガシガシつたわってくる。

コントロールばかりして、子どものエネルギーを奪い、自立や成長を邪魔してくる。しかも大抵あなたのためなのよっていう顔をしている。皮肉を言って気持ちをチクチク傷つけてくる。そのくせ自分はこれだけ傷ついてるっていけしゃあしゃあと言ってくる。顔見ただけで虫酸が走るね。ゾッとする。
なんで寝るのが怖いんだろう?寝てる間に死んじゃうかもって心配してるのかも。だから好きな女に抱き締められながら、大丈夫だよってささやかれながら眠りたい。なのに、おれは人生で最初に愛してくれるはずの女は、隣で眠らせてくれなかった。それどころか、寝てたら殺されかけた。今も寝るのが嫌だし、怖いし、いいイメージをもてない。風呂に入ることも。
心を開いて大勢の人と付き合うことができない。だから大学ではサークルではなく、部活に入った。

テンション高く、感情的になることを、人前で表現することはシェイムだという考え方が無意識にある。

→だが本来の自分をぶつけてみて、ダメならダメでそれでいいんだ!!なにも目の前の関係に執着しがみつかなくてもいい。
なんか、なにかをしないといけないとき、いちいちあーめんどくさいなーっていう内的独白が聞こえる。そこで一旦PCの前に座ったり、テレビ見始めたりと余計なことをし出す。するとその流れを切れなくなる。

だからパッとやったらいいんだけど、いいんだけどじゃなくてそうしよう。

なっちゃんとかはそこで立ち止まることがないからエネルギッシュなんだな。おれはいちいちブレーキをかけてる。こういう態度って、親の背中みて身に付けたものだから、尊敬する人、まあなっちゃんとか、心が健康な人の背中みて真似していくとかすればいいんじゃね?