波は乗れる時に。(絵担当・栗生)

どうも、絵担当の栗生です。
暑い日が続きますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
サラリーマンもノンリーマンも、水の事故には注意して下さい。
さて、私事で恐縮ですが
わたくし先週をもちまして、会社を退職しました。
長い間知らんぷりしてきた「イラストレーター」というゆめにどうしても向き合いたくなりまして。
ズバリと辞めてしまったんでございます。
これで名実共に無 ・ショック!じゃなくて、フリーランス!
退職の日には甘栗と栗ようかん付箋などを頂きました。
栗生だけに栗まみれ。ありがとうございました。
ですが、先週末には中国道SAで栗焼き機の爆発という痛ましい事故が起き、どうした栗焼き機!
栗の名に泥を塗るのか!?という心境であります。(爆発はシャレになりませんて…)
いやーしかし、これからどうなるのだろう。うわーーどうにかするぞ。
みなさんよろしくお願いしますー。
ちなみに今日の絵のテーマは
「通勤をやめてまだ少ししか経っていないのに、早くも感じる会社社会への憧憬と焦りと愛憎」
うーん、エモーショナルだなあ。
それでは引き続き作品づくりに励みます。
ブログの方もね、今週はお二人にインタビューする予定。楽しみです。
※第二回インタビューの更新はもう少しお待ち下さい。
栗生ゑゐこ
次回予告(文係:カオリ)
次にご登場願うのは、お坊さんです。
仏教の話アリ、色っぽい話アリ、お酒の話アリ、じんましんの話アリ…
話は飛んで弾んで愉快な夜、
取材のつもりがかなりえぐられた夜でしたことよ。
ただいま原稿は仕上げの段階に入っておりまる。
(自分のおしりに
をつけるためにあえて告知。)
前回取材した昇さんこと
宮田陽・昇さんの漫才ライブは、笑って笑って内臓超活性化。
青空球児・虹児さんの「ヨモクボ」という往年の名作にも挑戦なさったとです。
本番前には自信なさそうなフリをしてたのに、いやはや、
かっちりピシャッと決まって拍手喝采だったんだわ。
さすが演劇出身と思いましたことですよ。ってか笑ってました。
私のシゴトは油断すると数日ひきこもり~ってな具合なので、
ああいう場所でぎゃはぎゃは笑うと、ひじょーに精神衛生上よろしゅうございましたです。
明日、3日(木)にねー、吉祥寺でいろんな若手と一緒にライブするらしく、しかもゲストが
昭和のいる・こいる師匠
(エコー:見たーい見たーい見たーい)
あらゆるシメキリを押しのけて行くべきかどうか迷い中。
(あ、お坊さんの原稿はもうあとちょっと!
)
仏教の話アリ、色っぽい話アリ、お酒の話アリ、じんましんの話アリ…
話は飛んで弾んで愉快な夜、
取材のつもりがかなりえぐられた夜でしたことよ。
ただいま原稿は仕上げの段階に入っておりまる。
(自分のおしりに
をつけるためにあえて告知。)前回取材した昇さんこと
宮田陽・昇さんの漫才ライブは、笑って笑って内臓超活性化。
青空球児・虹児さんの「ヨモクボ」という往年の名作にも挑戦なさったとです。
本番前には自信なさそうなフリをしてたのに、いやはや、
かっちりピシャッと決まって拍手喝采だったんだわ。
さすが演劇出身と思いましたことですよ。ってか笑ってました。
私のシゴトは油断すると数日ひきこもり~ってな具合なので、
ああいう場所でぎゃはぎゃは笑うと、ひじょーに精神衛生上よろしゅうございましたです。
明日、3日(木)にねー、吉祥寺でいろんな若手と一緒にライブするらしく、しかもゲストが
昭和のいる・こいる師匠

(エコー:見たーい見たーい見たーい)
あらゆるシメキリを押しのけて行くべきかどうか迷い中。
(あ、お坊さんの原稿はもうあとちょっと!
)
漫才でした。(絵担当:栗生)
どうもはじめまして。絵担当の栗生(くりう)です。
栗生(くりなま)と読んでいただいても結構です。
先週末、インタビューをさせていただいた宮田陽・昇さんの漫才を見に
お江戸日本橋亭に行ってまいりました。
実ははじめてだったのですよ、陽・昇さんの漫才を見るの。
昇さんのダンディー声と陽さんの鳥っぽい声が対照的。
競演したロケット団はすさまじいキレを見せ、どちらも老若男女でいっぱいの日本橋亭をわかせておりました。
漫才ビギナーのわたくしは、寄席とちょっと混同していまして、
漫才は着物でやるもんだとばかり思っていたのです。が、
彼ら、見事にスーツ。(あたりまえ)
ブログタイトルは「スーツを着ない」となってるけど、まあそれはそれということで。
それにしても、生漫才はおもしろいですねえ。
テレビのお笑いのレベルに慣れてしまった身としては、ライブならではの
きわどい時事ネタがとても新鮮でした。
新発見。

(フィクションです)
栗生(くりなま)と読んでいただいても結構です。
先週末、インタビューをさせていただいた宮田陽・昇さんの漫才を見に
お江戸日本橋亭に行ってまいりました。
実ははじめてだったのですよ、陽・昇さんの漫才を見るの。
昇さんのダンディー声と陽さんの鳥っぽい声が対照的。
競演したロケット団はすさまじいキレを見せ、どちらも老若男女でいっぱいの日本橋亭をわかせておりました。
漫才ビギナーのわたくしは、寄席とちょっと混同していまして、
漫才は着物でやるもんだとばかり思っていたのです。が、
彼ら、見事にスーツ。(あたりまえ)
ブログタイトルは「スーツを着ない」となってるけど、まあそれはそれということで。
それにしても、生漫才はおもしろいですねえ。
テレビのお笑いのレベルに慣れてしまった身としては、ライブならではの
きわどい時事ネタがとても新鮮でした。
新発見。

(フィクションです)
第1回 漫才師 宮田昇さん(後編)

前編(http://ameblo.jp/under30/entry-10015051923.html)からの続きです。
昇さんに答えていただいた事前アンケートはこちら↓
http://ameblo.jp/under30/entry-10015098497.html
☆芸人の美学
浅草の木馬亭にも、オーディションを受けて月に1~2回出演してました。
あるとき、そこに出ている坊主漫談の甘味けんじさんが
「バイトを頼まれちゃくれないか」と言ってくださって、2人で「ハイいいですよ」と行ったのが、茨城の「歴史公園ワープステーション江戸」。
佃煮やこんにゃく田楽、駄菓子といった昔なつかしの店で5日間、店番をしました。
そのときに売り口上をしていたテキヤの親分みたいな人が、めしに誘ってくれたんです。
「お兄さんたち何やってんの?」と尋ねられて「漫才です」と答えたら、
「どこに所属してるんだ?どこにも所属してない?じゃあうちに来ないか?」。
で、弟子入り決定ですよ。それがうちの師匠(和風漫談、江戸売り声・宮田章司さん)でした。
もともと弟子をとらない予定だったらしいんですが、その数ヶ月前に知り合いに頼み込まれて新人を引き受けて、じゃあ弟子は1組でも2組でも変わりゃしないというわけで。6年前の5月、僕は23歳でした。
弟子入りして、それまで月に1、2回だった舞台が、寄席を中心に月10回くらいになりました。これが一番大きな変化ですね。
師匠は本番を見て「あそこは面白くない」と助言してくれるくらいで、ネタやアイディアは僕たちの自由にさせてもらってます。住み込みじゃないですよ。出演料をピンハネされることもないです。
師匠からは「筋を通す」ということはよくよく教え込まれました。
たとえば、舞台を見たお客さんが気に入ってくれて「今度うちでも漫才やってよ」と声をかけてくださるとしますよね。そんなときは、その日の舞台に僕らを出してくれた人を通して、仕事を受けるんですよ。舞台に出られるようになった、ルートを飛び越しちゃいけないんです。
「それが仁義だから、それだけは守れ。あとは自由にやってくれ」
師匠にはそう言われてます。いじめとかイビリとか、そんなわかりやすいものがあればいいんですけど、この業界はニコニコしながら、だんだん仕事がこなくなりますからね、コワイですよ。
他に、いわゆるモラルといえば「次に出る芸人が似たようなネタなら、内容がかぶらないようにする」とかですかねぇ。
寄席はお客さんの反応が見えるから自然体でやりやすいです。ネタは、相方が考えてきたことをもとに、相談して決めていきます。寄席の出番のあとに、喫茶店でやったり楽屋でやったりしますね。

将来の展望を語る昇氏
☆10年後の自分
うーん、それがわかってれば、一直線に行くんですけどね…!まぁカタイこととか「頑張ります」とか漫才師が言ったら気色悪いじゃないですか。
「40歳までにはある程度稼げるようになっとかないと、未来はないぞぉ」という感じですかねぇ。昭和のいる・こいるさんみたいな(中高年になってからの)大ブレイクはそうないことですから…。
そうですねぇ、来年パーンと売れたら広いところに引っ越しますよ。ヒマさえあればLOFTとか行って、広い部屋に住んでる自分を想像しながら家具を見てるんです。
結婚もしたいですけど、現実的なビジョンはゼロの、夢ですよ夢。
広島に帰るたび、親から
「あ、まだ(漫才)やるの?」
なんて言われたりしますけど、師匠にもお歳暮なんか贈ってるらしいし、ホントはわかってるんじゃないですかね。
まぁ、なんとかならなくったって漫才をやめることはないですよ。(談)
*主な予定*
2006年8月6日~10日 上野広小路亭
http://www1.odn.ne.jp/~engeijou/ueno.html
その他の公演情報は↓
宮田陽・昇HP→http://www18.ocn.ne.jp/~you-show/
宮田章司HP→http://www013.upp.so-net.ne.jp/urigoe-miyata/
第1回 漫才師 宮田昇さん(前編)

***
宮田昇(みやた・しょう)、29歳。
漫才コンビ「宮田陽・昇」として寄席を中心に活躍。
NHKテレビBS2「おこのみ寄席」に出演(2006年7月25日18:00~18:43)。
2006年7月29日 漫才コンビ「ロケット団」と共演
18:00開演 大江戸日本橋亭。その他の公演情報は↓
宮田陽・昇ホームページhttp://www18.ocn.ne.jp/~you-show/
昇さんに答えていただいた事前アンケートはこちら↓
http://ameblo.jp/under30/entry-10015098497.html
***
今年から、生活費稼ぎのバイトを全部やめたんです。深夜のバイトに出ると、翌日一番の舞台で声が出ないんですよ。酒を飲んだわけでもないのに。
こりゃまずいんじゃないの?ってんで、相方(宮田陽さん)もしばらく前から漫才に専念してましたからね、やめてしまいました。
1ヶ月にだいたい30ステージくらいやってますね。平均1日1回ですか。
明日も台東区の小学校に行って4年生に「ゴミの分別」を教えるんですよ。
今年は7校に増えて、いやぁありがたいことですよ。

☆実家脱出計画
俳優になろうと思って上京したのが18歳。サリン事件のあった1995年です。
高校の図書室で演劇の本を見つけて「へぇ、こういう世界があるんだ」と思ったのがきっかけでした。
周囲はみんな反対しましたねぇ。エスカレーター式の進学校だったんで同級生からは「そんな将来性のないことを」と言われたし、親には「大学に行ってからでも遅くはない」と止められました。でも、あぁこれが就職に持っていかれるパターンなんだなぁと思ったんです。普通に働こうとは全然考えてなかったんですけど、大学に行ってしまったら、こっちも(親に学費を出してもらったから)卒業したら働こうか、と考えてしまいそうで。
だから、東京への脱出資金を貯めている頃は、ホントにがんばりましたねぇ。
高3で部活の最後の試合が終わってから、場外馬券場とかイベントの設営とか、コンビニでむちゃくちゃバイトしましたよ。周りの同級生は、超、勉強してました。こっちはバイト行ってるか、学校行ってるかの毎日だったのに、卒業式で皆勤賞をもらえることがわかって、すごく恥ずかしかった。
「あ~大きな風邪も引かなかったし、意外に休んでなかったんだなぁ…バカだった!」って。(笑)
☆相方と大きな賭けと
上京して最初にバイトをしたのが、新宿の小田急のなかにあるとんかつ和幸です。そこに芝居をやっている人がいた縁で、ある劇団の公演を観に行きました。
観たあと、「とにかく始めてみればいいや」と思って、その劇団の座長に連絡して入団したいとお願いしたんですよ。その座長が、今、僕がコンビを組んでいる相方です。団員は4~5人で、あとは客演の俳優さんでした。
入団して数年経った頃に、その相方が「劇団の公演を年に5回にしよう」と言い出したんです。
それまで年1~2回の公演でも劇団はけっこう借金を背負ってたのに、今度は団員にサラ金のカードを作らせて。ムチャクチャですよねぇ。他の団員は離れて行っちゃいました。僕は…地方公演に出たときに、秋田にある相方の実家も知ってたし「まぁこの人が逃げることはないだろう」と思って。家賃を滞納して下宿を追い出された相方が、僕んちに転がりこんできて、結局借金を返し終わるまで居候されましたしね。
結局、totoに2回助けられてるんですよ、相方は。まだtotoのシステムがそんなに複雑じゃないときで、合計180万くらい当てて借金を返したんじゃないかなぁ。駒込でホスト——イヤ、駒込にホストクラブなんかあるんだ!と最初は驚きましたよ——をやったりして返してたんですけどね。僕はずっと居酒屋でバイトしてて、相方に紹介されてホストもやりましたよ。
でもヘルプだったんで、身体が辛いわりに収入はたいしたことなくて半年でやめちゃいました。
☆演劇から漫才へ
演出家がおかしな人で、うさんくさい演劇論をぶったり、団員を寝かさないで稽古したり、「死のリアクションは、腕の毛に火をつけて…」とかなんとか(笑)、ほんとですよ、新興宗教の洗脳みたいでした。それで劇団がほとほと嫌になって多感な時期ですからねぇ、人を見る目が変わりました。今でもトラウマになってて、もっともらしい主張を押し付ける人にはいまだに引きますね。
で、その頃、客演してくれていた役者が、お笑いのライブに出ているのを見に行ったんです。相方と
「(お笑いは)俺たちにもできるんじゃん?」
と話していたら、お笑いの人が
「コントはできるかもしんないけど、しゃべくり漫才は無理でしょ」
と言ってきましてね、「なに~!やってやろうじゃないの!」と火がつきました。
漫才の初めての舞台は、新宿Fu-(フー)です。ところが「絶対いける!」と思ったネタが、もう、ずるすべり。お客さんがまったく笑わないもんだから、まるで静かな夜の海で二人きりでしゃべってるみたいでしたよ(笑)。その頃は話題の殺人事件とか、ブラックな時事ネタをやってました。
あの頃のネタ?今でも面白いと思ってますよ。でも世間一般にうけるネタを勘違いしてましたねぇ。
※後編(芸人の美学/10年後の自分)につづきます↓
http://ameblo.jp/under30/entry-10015201041.html
*主な予定*
2006年7月29日 漫才コンビ「ロケット団」と共演 18:00開演 大江戸日本橋亭
問合せ先・オフィス唐茄子屋 049-239-3265
テレビ出演 2006年7月25日NHKBS2「おこのみ寄席」18:00~18:43
宮田陽・昇HP→http://www18.ocn.ne.jp/~you-show/
宮田章司HP→http://www013.upp.so-net.ne.jp/urigoe-miyata/
宮田昇さんアンケート
■単語の部■
・名前《実名or仮名》 【 宮田 昇 】
・生年月日 【 昭和51年10月31日 】
・出身地(都道府県) 【 広島県 】
・現在の居住地(市町村区) 【 東京都新宿区 】
・子ども時代の家族構成 【 両親・姉一人 】
・同居家族 【 0 】
・職業 【 漫才師 】
・起床/就寝時刻 【 AM10:00/ AM3:00 】
・ネットに費やす時間(一日あたり) 【 15分 】
・好きなもの↓
色 【 白・水色 】
季節 【 秋 】
場所 【 本屋・デパートの屋上 】
食べもの 【 日本ソバ 】
飲みもの 【 アイスコーヒー・ビール・ジャワティ 】
動物 【 ネコ 】
テレビ番組 【 百万円クイズハンター 】
有名人 【 杉浦直樹 】
映画 【 麻雀放浪記 】
物語 【 ワラと炭とそらまめ 】
グリム童話。おばあさんの家を飛び出したワラと炭とそらまめは川を越そうと画策。川にワラを架けて、その上を炭が渡ろうとしたら、炭の火にやられてワラは燃え尽き、炭は川に落ちてしまう。その様子を見ていたそらまめは大笑いして、お腹がはじけてしまう。たまたま居合わせた釣り人が気の毒に思って、そらまめのお腹を釣り糸で縫ってやるが、それが黒い糸だったので今もそらまめのお腹には黒い縫いあとが入っている、というお話。
言葉 【 ドキュメンタリー 】
花 【 アジサイ・キンモクセイ 】
教科 【 体育・現代文 】
・宝物 【 グローブ 】
高校に入ったら甲子園に行こう!と張り切った昇さんに、お父さんがグローブを買ってくれたが、入学後、軟式野球部しかないことが判明。以来、宝物として温存していたが、青空うれし師匠率いる草野球チームに入って、ただいま大活躍のグローブ。
・今までに買った一番高いもの 【 手術 】
・好きなこと↓
気晴らしとして 【 家具見学 】
趣味として 【 飲酒 】
その他 【 草野球 】
・小学生の頃はやったこと 【 コックリさん 】
・中学生の頃はまったもの 【 カルピスウォーター 】
・自分の10代を色でたとえると 【 黄色 】ゴレンジャー的に。
・今の自分を色でたとえると 【 青色 】コンビを赤・青2色に分けたとして。
・過去一番の難局を迎えた年齢 【 20歳 】
家の目の前で原付に乗った中学生が事故をおこして、その世話をしているときに、前方から同棲している彼女が知らない男と手をつないで歩いてくるのを見て、えーっと、どっちから片付けたらいいんだ、えーこっちだ!と事故の始末をつけて、じゃぁ今度こっちの話を聞こうか!?てな修羅場を迎えた。今となれば、さほどの難局でもない。
・人生の絶頂年齢(予想) 【 40歳 】
・一番先の予定 【 来年の2月7日 】
・将来住みたいところ(理想) 【 温泉街 】
・35歳時点での居住地(予想) 【 現在地 】
・いっしょによく食事をする相手 【 師匠 】
・外食の頻度 【 100% 】コンビニ含む。
■Yes・Noの部■
・ゆくゆくは結婚する (Yes)
・いつかは親になる (Yes)
・財テクに興味がある (No)
・神社仏閣を見るのが好き (No)
・自炊する/料理好き (No)
■一行の部
・行ってみたいところ 【 ネバーランド 】
マイケル・ジャクソン本人が「ピーターパン」から着想して作った自宅。敷地内に鉄道、湖、遊園地などがあり、一般にもごくまれに有料開放される。
・やってみたいこと 【 競輪場を走ってみたい 】自転車で斜めになって走ってみたい。
・今もっとも興味のあること 【 テレビの寿命 】
・最近気になったニュース 【 小泉がプレスリー好き 】
・最近ときめいたこと 【 スポーツクラブの女の子がメガネをかけ始めたこと 】
・名前《実名or仮名》 【 宮田 昇 】
・生年月日 【 昭和51年10月31日 】
・出身地(都道府県) 【 広島県 】
・現在の居住地(市町村区) 【 東京都新宿区 】
・子ども時代の家族構成 【 両親・姉一人 】
・同居家族 【 0 】
・職業 【 漫才師 】
・起床/就寝時刻 【 AM10:00/ AM3:00 】
・ネットに費やす時間(一日あたり) 【 15分 】
・好きなもの↓
色 【 白・水色 】
季節 【 秋 】
場所 【 本屋・デパートの屋上 】
食べもの 【 日本ソバ 】
飲みもの 【 アイスコーヒー・ビール・ジャワティ 】
動物 【 ネコ 】
テレビ番組 【 百万円クイズハンター 】
有名人 【 杉浦直樹 】
映画 【 麻雀放浪記 】
物語 【 ワラと炭とそらまめ 】
グリム童話。おばあさんの家を飛び出したワラと炭とそらまめは川を越そうと画策。川にワラを架けて、その上を炭が渡ろうとしたら、炭の火にやられてワラは燃え尽き、炭は川に落ちてしまう。その様子を見ていたそらまめは大笑いして、お腹がはじけてしまう。たまたま居合わせた釣り人が気の毒に思って、そらまめのお腹を釣り糸で縫ってやるが、それが黒い糸だったので今もそらまめのお腹には黒い縫いあとが入っている、というお話。
言葉 【 ドキュメンタリー 】
花 【 アジサイ・キンモクセイ 】
教科 【 体育・現代文 】
・宝物 【 グローブ 】
高校に入ったら甲子園に行こう!と張り切った昇さんに、お父さんがグローブを買ってくれたが、入学後、軟式野球部しかないことが判明。以来、宝物として温存していたが、青空うれし師匠率いる草野球チームに入って、ただいま大活躍のグローブ。
・今までに買った一番高いもの 【 手術 】
・好きなこと↓
気晴らしとして 【 家具見学 】
趣味として 【 飲酒 】
その他 【 草野球 】
・小学生の頃はやったこと 【 コックリさん 】
・中学生の頃はまったもの 【 カルピスウォーター 】
・自分の10代を色でたとえると 【 黄色 】ゴレンジャー的に。
・今の自分を色でたとえると 【 青色 】コンビを赤・青2色に分けたとして。
・過去一番の難局を迎えた年齢 【 20歳 】
家の目の前で原付に乗った中学生が事故をおこして、その世話をしているときに、前方から同棲している彼女が知らない男と手をつないで歩いてくるのを見て、えーっと、どっちから片付けたらいいんだ、えーこっちだ!と事故の始末をつけて、じゃぁ今度こっちの話を聞こうか!?てな修羅場を迎えた。今となれば、さほどの難局でもない。
・人生の絶頂年齢(予想) 【 40歳 】
・一番先の予定 【 来年の2月7日 】
・将来住みたいところ(理想) 【 温泉街 】
・35歳時点での居住地(予想) 【 現在地 】
・いっしょによく食事をする相手 【 師匠 】
・外食の頻度 【 100% 】コンビニ含む。
■Yes・Noの部■
・ゆくゆくは結婚する (Yes)
・いつかは親になる (Yes)
・財テクに興味がある (No)
・神社仏閣を見るのが好き (No)
・自炊する/料理好き (No)
■一行の部
・行ってみたいところ 【 ネバーランド 】
マイケル・ジャクソン本人が「ピーターパン」から着想して作った自宅。敷地内に鉄道、湖、遊園地などがあり、一般にもごくまれに有料開放される。
・やってみたいこと 【 競輪場を走ってみたい 】自転車で斜めになって走ってみたい。
・今もっとも興味のあること 【 テレビの寿命 】
・最近気になったニュース 【 小泉がプレスリー好き 】
・最近ときめいたこと 【 スポーツクラブの女の子がメガネをかけ始めたこと 】
作文担当です。
はじめまして。はじめましてはじめまして。
作文担当のカオリ、27歳9ヶ月です。
お酒の席で
「ねぇなにかいっしょにしよう」
と25歳にしなだれかかられて大いに照れ、
よせやい!と押し返したそのくせに、
トイレから帰ってきた彼女を
「で、ナニする?」
とせめてみたら、こんなコドモブログを身ごもりました。
わたしはここ1年半ほど無所属で、
25歳の彼女もこの8月からひとり歩きを始めます。
食べてゆければじゅうぶんよね~と言いながら
やっぱり気になる隣の芝生。
人体をこよなく愛する彼女と
人のふところがだいすきなわたしとで、
スーツを着ない、あるいは脱いでしまった20代を
手さぐりまさぐり…100人抱きしめてみようじゃないかと決めました。
その戦績を、
こうしてご覧いただけるとはしあわせな時代。
よちよち歩きからのスタートですが
日々研鑚をつみます所存、
なにとぞなにとぞ、スミからスミまでずずずいと…
御引き立てとご贔屓のほどを、
御願いたてまつりまするう。
カオリ(すとれーと)
