私は強い人間だと思うことがある。
私は、私自身が変わることを恐れない。
変わるために動くことができる。
今までも変わりたいとカウンセリングを受け、
親に対して自分の気持ちを伝え、(表面的な)関係を良好にしてきた。
自分の活躍できる場を求め転職をしたこともある。
行動しない人が弱いと言いたい訳ではない。
私は、変わりたい気持ちがあれば
もがきながらも動く選択をしてきて、それを自分の中の強さだと思っている。
現状に満足し、変化を望まない人もいるだろうから、
変わること=いいこと、強い とは言わない。
自分自身が変化を求めているなら、
その気持ちに素直にしたがい、動いてみればいい。
迷ったり不安で動けないこともあったけど、私なりに変わってきたと思う。
その逆に、私は弱い人間だとも思う。
誰かを頼らないと生きていけない。
よりどころがないと、守ってもらわないと不安でしょうがない。
それは自己の確立が出来ていなから。
幼児性欲求の甘えが満たされていないから。
加藤先生の本を読んで、そのことはよくわかった。
分かったというか、自分の心の奥にそういう気持ちが存在することをやっと知り、
認めて、自覚し始めたところである。
満たすところまではいってないが、
誰かれ構わず甘えを満たして欲しいと要求していた自分を恥ずかしく思った。
それだったら、自分で自分を甘えさせてあげたらいい。
私の甘えを受け止めてくれる人に充分甘えて、
少しずつ満たしてもらえばいい。 そう思った。
どうしてこんなにも他人の目が気になるのだろうと思っていたけれど、
そんなに多くの人から関心を持ってもらいたいのだと気づくことができた。
私は幼児とは違う。
誰かれ構わず100%私を見てほしいとは思わない。
仕事の人とは仕事で、
プライベートの人とは趣味や遊びで、
それぞれ部分的につながっていれば良いと思えるようになった。
職場は仕事をする場所だから、友達を作るところではない。
その言葉の意味が、今までとは違う形で私の中に入ってきたと思う。
「強い自分」と「弱い自分」。
それぞれを否定せず、存在することを認め、並列にする努力が私には必要だ。
並列って何だろう。 難しい。
私の心の中では、自分と自分が闘っているらしい。
なんとなく分かる。
常に何かと何かが、自分を否定し合っている。
加藤先生は本当に私の内側を的確に表現してくれる。
それはつまり、私が敏感性性格的な人間だということだ。