うちは父 母 兄 私の4人家族。

兄は三つ上。

兄が三才の時に父親が医者にさせると決めつけて

勝手に進路を決めた。自分が金が欲しいからである。

その頃から教育というものが始まった。

父は自営をやっていたけどバブルも一瞬で終わり

私が小学校になるころには衰退の一途をたどっていた。

母親は専業主婦でたまに父の仕事を手伝っていた。

母は貧血でよく入院をしていた。

私が三歳の時あまりにもの寂しさに勝手に家を出て

入院中の母に会いに行ったことがあった。

家では娘がいなくなったとパニックになった父親が

近所を探して回った。

途中、道がわからず泣いていた私を父が見つけるやいなや

父は私を抱きしめるどころか殴った。

家に帰ってからも私を裸にして殴った。

父からの虐待の最初の記憶である。

そのころはなぜ殴られてるのかも分からないほど幼かった。

 

小学校一年になったころになった4年生だった兄はいつも父親の監視下で勉強をさせられていた。父はいつも東大だの医学部だの医者だのそんなことばかり言ってた。

その頃家業の方はほぼ収入ゼロになっていた。

見栄の塊の父はよそへ働きに行くのは貧乏がばれるから

みっともないとし外へ働きに行くという母も外へいかさず

仕立て屋の内職をさせた。

私が小学校4年の頃だった。

 

それが生き地獄の始まりだった。

中学になった兄への父の期待は更にまして狂気じみていった。

今でいうニートの状態の父。

頭の中は息子の成績のことばかり(それはやがて私にも向けられる)

中学の学力テスト。もちろん1位。

でも2位と5教科で30点以上差がないと兄を殴って蹴っていた。

母は父が怖くていつも言いなりだった。

そりゃそうだろ。

家では母は内職ばかりで家事が出来ず近所のスーパーへの買い出しは私が自転車で行き

ご飯の準備から洗い物全部やった。やらされた??

冬の買い出しは雪の中を歩いていき

帰りはビニールの持ち手が紫色に腕にくいこんだ。

父はいつもこたつでテレビをみていた。

その頃、父は私の成績も気にしだした。

もっと勉強しろと連呼し夜も11時まで寝るなと自由に寝れなくなった。

成績が悪いと兄同様殴られることもあった。

足を何度も蹴られ歩けなくなったり

髪をひっぱられ引きずり回されたりもした。

 

家にいればお手伝いか勉強させられるか・・・ゆうこと聞かなければ殴られる。

周りの子たちはアイドルの話でもりあがってる。

でも私はテレビも見させてもらえない。

疲れても自由に寝ることも出来ない。

スーパーへ買い物に行かされたとき

お母さんと楽しそうに買い物をしているクラスメイトを見つけると

うらやましくもあり、この姿を見られまいと隠れたこともあった。

もっと母に甘えたかったけど

内職ばかりで話せなかった。

 

私も中学になった。

いよいよ学力テストで順位がでる・・・。

私はあと何回父に殴られるんだろう。

そう思うと心の底から恐怖が込み上げてきた。

いなくなりたかった。

 

続く・・・