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憧れの人には会いたい?会いたくない? 参加中
私は会いたくない。
芸能人には興味はない。そんな余裕もある筈もない。私の考えでいけば「精神病者には恋愛の資格はない」という考えに至った。
私にとっての永遠の憧れ、憧憬を抱くひと。
それは、恋する、愛すべきひとに他ならない。
けれども、だからこそ、俗に「メンヘラ」などと言われる私のような人間は(勿論、私なりの変遷を経た上で、ある種の諦観と辛さを抱えてなお選ぶに値するという道だ)、そういうひとには会いたくもない。
愛すべき友なら、話は別だ。対等の位置に、いつでもいる。それは一方的な、憧れという高みに置くものではない。ごく自然なリスペクトのし合いが、そこには形成されているし、また、貶めるべくは、指摘すべくはしたっても構わないのだ。揺るぎのない距離感が既に醸成されている。
ただ、やはり、憧れのひとに対して、鈍いかな、私は大きな声で、漸く、柔く、けれども主張の出来るようになった、憧れのひとに言おう。
あなたは・私に・近付かないでほしい。
それは「私が傷つきたくもない」からでもあるし、憧れているお前に「深く係わり合いを持とうとしてほしくない」のだ。贅沢を言っているのかもしれないが、私は甘えたくもないし、依存してしまうのも怖いのだ。底なしになって、失うのもこわい。そしておまえは抜け抜けと、頑張れ、復帰しろ、お金を稼げ、そう言うのだ。おまえがそういうと、私は頑張る。私を焦らせる。そうして以前のように、おまえの目の前で倒れる。おまえをまた失望させる。私はあなたに期待してほしくない。それを何度も繰り返すのを、ばかみたいに期待するのを、いい加減に止めにしてほしいのだ。
ばかみたいに「お金を稼ぐしっかりした私」という機械に憧れるのも、もう止めにしてほしい。東京に帰ってきてほしくなんかないし、救おうとするのならば、いつまでも「滅多に会えない、遠くに住んでる悪友の、気安い年上の親友」のまんまでいてほしい。
私にとっての、ただのいい男へ。ただの憧れの男への、叶わぬ、気の狂った、めんどうくさい、たったひとつの願い事だ。
心底会いたかないけど、誕生日に捧ぐ。
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