私はアイドルやオタクに対して嘘をつくことが多い。と言っても、決して"完全な嘘"というわけではない。"ちょっとした嘘"をつくのである。
例えば、私たちオタクは事ある毎に「絶対に結婚しような」という言葉をアイドルに対して投げかける。果たして、この言葉を「本当に絶対結婚するんだ」と本気で思いながら、真剣に叫んでいる人はどれほどいるのだろうか。どちらかと言えば、推しに愛を伝えるための定型文として用いている人の方が多いのではないだろうか。
ちなみに、私は推しと本気で結婚したいと思いながらこの言葉を叫んでいる。気持ち悪いと思った方も多いだろうが、事実なので仕方がない。あれだけ可愛くて魅力的な人間、結婚したくないという人の方が少ないだろう。私は悪くない。
ただし、「絶対に結婚しような」という言葉は私にとって"ちょっとした嘘"である。矛盾が起こっているではないか、と指摘を受けてしまうかもしれないが一旦説明させて欲しい。
先程述べた通り、私は本当に、心の底から、推しと結婚したいのだ。しかし、驚くべきことに、私は推しと結婚する予定を立てていないのである。これを読んでいる皆は落ち着いて聞いて欲しい。私は推しと結婚する予定は無いし、何なら結婚を正式に申し込んですらない。それなのに、「"絶対に"結婚しような」と叫んでいるのである。
つまり、私にとって「絶対に結婚しような」とは、推しへの最大の愛のメッセージではあるが、事実と異なる発言である。その言葉に含まれている「好き」といった感情は本物であると言い切れるが、その言葉の内容は事実ではない。"ちょっとした嘘"なのだ。
こうした"ちょっとした嘘"にはある危険が潜んでいる。それについて今から書いていこうと思う。
まず、嘘かどうか分かりづらいという危険がある。言葉の内容自体が嘘だったとしても、その中の感情は本物だったりする。微妙なラインを攻めているがために、その言葉は信じていいものかどうか判断しづらいのである。
そして、"ちょっとした嘘"は、受け取り手しだいで予期せぬ方向へと物事が進んでしまう危険があるのだ。
さっきの「絶対に結婚しような」という言葉を例に挙げよう。この言葉が嘘であると私は自覚して発言している。そして、この言葉を受け取る側である推しも、「ガイジの発言は嘘である」と気付きながら返事をしてくれるのである。こうして私たちのアイドルとオタクという関係は成り立っている。
しかし、もし私の推しが、人を疑うことを知らない純粋無垢な人間だったらどうなるだろうか。そう、ガイジという一人の男から"本当に求婚された"と考えるのである。その時点でアイドルとオタクという関係性は崩れ、どの方向へと物事が進もうが、予期せぬ結果へと物事が進んでしまうことには違いない。私の脳内では今、二人が式を挙げ、オタクに5ちゃんで叩かれたところまで妄想が出来たが、そろそろ怒られそうなのでやめておこう。
このように"ちょっとした嘘"には少し危険な部分が存在している。正しく扱えば、相手のことを喜ばせることができるだろう。しかし、場合によっては悪い方向へと進んでしまう可能性があることを忘れてはいけないなと思う。
推しから「今日のライブどうだった?」と聞かれたとして、「推しから好かれたい」「推しを褒めたい」と思うがゆえに、その日のライブがどれだけ悪かったとしても「良かったよ」と"ちょっとした嘘"で返してしまうのがオタクである。
しかし、推しが「今日のライブ良かったんだ!」と信じて、改善しないまま活動してしまえば、結果的に損を被るのは推しであり、私たちオタクもあまり良い気分にはならない。
だからといって、「今日のライブは〜」といった説教おじやんオタクになってしまっては、推しを不快な思いにさせるだけである。
こうして考えると、アイドルとオタクに限らず、人間関係というのは本当に難しいなと思う。だからこそ、私はよく考えて言葉を選びたいし、適当な言葉で会話をしたくないと思う。私と相手にとって、一番利益のある言葉を発したいのだ。
とにかく、「好き」という感情に任せて発言することばかりが正解ではない、相手のことを本当に考えた上で発言しよう、それらの考えを忘れたくないなと思ったので、ブログを書いた。以上。