別に大衆演劇界隈に期待もしてなければ、落胆もしてないです。


大衆演劇とはそんなもんだと思っています。


役者に関しては真面目な役者もいれば、不真面目で不純で邪な役者もいる。後者を特に論うことで大衆演劇界隈を貶めるつもりは毛頭ございません。


それいったら、政治家も芸能界全般も大体そんなものじゃないですか。一部を誇張することで全体がダメだというのは悪意の塊だと思いますよ。


それは与党よりもむしろ野党の攻撃材料として用いられがちですよね。往々にして。


そういう輩は政権交代さえ起こらなければいいと考えているようなしょうもない意見なので、傾聴したところでなんの参考にもならないんですよね。


現状肯定したところで社会をより良くすることなどできないじゃないですか。より良くしたいのであれば、クリティカルシンキングというものが必要なのです。これでいいと思えばそこで止まりますからね。


大衆演劇の不純で邪な役者に関していえば、自然淘汰されるのが理想なんです。実際にフェイドアウトした座長とかいますからね。劇場のオーナーになっても現状打破できなかったり。自業自得だと思います。



仮に不純で邪な役者が多少いたところで全体さえ回っていれば別に問題ないんですよ。2割が働けば8割が怠けても会社も種も存続しますから。アリだって全員が働いてるわけではないらしいですし。


東大生だって全員が真面目に勉強しているわけではないですからね。それでも東大が潰れることはないじゃないですか。


Fラン大学があっても大学そのものが無意味ということにはなりませんよね。


大衆演劇だって人気あるのはひと握りですから。大半は微妙だと思います。しょうがないじゃないですか。ファンの数がさほど多くないし、カラダもひとつならばファンの財布にだって限りがありますし。


税金や公金をじゃぶじゃぶ垂れ流すことができる国家事業とは違いますからね。


大衆演劇はお墨付きもなければ公益性も低いですし、あくまでも趣味やエンタメのひとつに過ぎませんから。しかも、ニッチもニッチ、アンダーグラウンドな娯楽ですから。一般的にはそこまで知られてません。限られたひとたちが限られた資源の中で続けているものですから。


ファンに関しても全員がしょうもないなんて思ってません。まあ、某座長がいうように暇人なのかも知れないけども。忙しかったら大衆演劇なんてそもそも観に行きませんよ。エンタメですから。



暇人の中にもいい悪いはあるとは思います。大衆演劇に託けて自分語りを始めたり、愛やモラルやルールを語りたがる輩は往々にしてクズだと思います。だって、そんなのどうでもいいし、関係ないじゃないですか。


あなたが語る大衆演劇愛だとか、モラルだとかなんていうものはあなたというフィルターを通したものであって、大衆演劇そのものではないですからね。あなたが一度口の中に入れて、唾をつけたものを出してるようなものですから。


ハッキリ言って気持ち悪いんですよ。


大衆演劇のあげまんだか、闘魂だか、沓掛時次郎だか知らんけど。


そんなのコスプレみたいなもの、女装みたいなものですから。あなたの趣味、性癖に過ぎないものだと思います。




別に女装そのものを否定するつもりはございません。でも、それをどう評価するかは個人の自由ですからね。あなたが綺麗だと思ってやってる女装でも面白いと思って書いているブログだとしても、あなたと同じような感想を抱くかは異なるのです。


あなたが好きな劇団や座長をみたとして、同じように好感を持てるかどうかはわからないですよね。


自分と他者の違いというものを理解できないのであれば、ブログなど書く価値ないとは思います。ヒトラーみたいな独裁者、GODみたいになりたいのであれば第三者など相手にしないで独りよがりの世界に耽溺しながらご自身の部屋の中にでも引きこもっていればいいのではないでしょうか。



傷つけられたとか侮辱されたとか子どもじゃあるまいし。幼稚だと思います。看護士や介護士に悪態をついてる老いぼれ患者みたいなものですね。もはやもうろくしていて他人の意見など聞く耳もてるだけの余裕だとかキャパがないのかも知れないけども。


まさに貧すれば鈍するだと思います。


大衆演劇界隈に望むことは、たとえ今以上、これ以上貧することがあったとしても、品格というものを持って、どうか鈍することのないように。


鈍すれば人間終わりなんですよ。そういう人たちを何人も腐るほど見てきてますから。


デブは性格が悪い。


大衆演劇を写真で表すならばこんな感じ。


受け継がれていく世界。