大人は自分がかつて子どもだったことを忘れる。


まさに、大阪万博にまつわる大衆の心理を示唆している。


自分だけが取り残されることを極度に恐れる。


我も我もと万博に行きたがる大衆。


おそらく、彼らは永久に満足しないのではないか。

ゆえに半年という区切りがあるくらいがちょうどいいのかもしれない。


スマホが社会に浸透するとスマホに依存するがあまり、やがてスマホの奴隷になる。


キャッシュレスの万博にお金を吸い上げられているのに誰ひとり文句言わずにホイホイ差し出すのは際限なく欲望が肥大化しているから。


時間もお金も浪費しているのに、万博に無我夢中になっている。五里霧中、先のことなどなにも見えない。不確かだからこそ、目の前の欲望に正直になる。


果たして、そこまでしてまで欲しいものだったのか?どうせ、数日後には消滅してしまうのに。


旅人よっちゃんは西園寺にフラレール。


失恋58切符。


青春なんて40年以上前に終わっている、旅人よっちゃん。もう後戻りなどできないのだ。




よく見ると新幹線が見える。


恋は盲目。自分がどれだけ愚かなのかも見えなくなる。恥知らずになる。


年相応の、身の丈に合った生き方では満足できないみたいだ。


ネットで肥大化した自我を剥き出しにして、欲望を開放する。醜いおじさんの遅すぎる青春。見苦しいだけなのにね。この世の春を謳歌している。


おじさんにとっての春は若者にとっての冬である。北半球と南半球くらいの距離があるからね。


仲良くもないのにおじさんの茶番劇に付き合わされる若い子の身になって欲しい。


おじさんはおじさん同士で付き合えばいいのにね。旅人よっちゃんとか自称して若い子を追い回してるの、ちょっと気持ち悪くないですか?


誰も何も言わないことをいいことに好き放題やってる。


そして、おじさんだけが残った。まるで、大衆演劇界隈みたいに。