メン地下界隈ではチェキが有料で、それが収入源になっていたりもします。


ならば、大衆演劇でも写真を有料にすればええじゃないか。


実に示唆的だと思います。タダだと調子に乗りますからね。大衆演劇界隈の自称bloggerのいまさらジローとかタダだから調子に乗ってるじゃないですか。まるで黒潮に乗ってるマグロみたいに調子に乗ってますよ。銚子丸ですね。


あっしは干からびたミイラではないでござんす。


まるで腐ったミカンみたいな武田鉄矢ですけど。


暮れなずむ町の…


まあ、有料だったらそもそもブログなんて誰も読まないだろうし、書かないんじゃないですか?タダだから調子に乗ってるというのはあると思います。


写真だってタダだから舞台そっちのけで撮りまくってるわけですし。


まあ、厳密にいうとタダではないけどね。入館料払ってるわけだから。


写真撮影をサブスク化したいという気持ちもわからなくもない。


金払ってるんだから撮り放題だとかいうのもなんか違うような気がしますけどね。


撮りたければ金払えという役者と、写真撮るのに金取るなという客。


どっちがバカなんでしょうか?


まあ、かつて送り出しはひとり数分以内とか公言していた役者もいましたけど。客のことを暇人呼ばわりしていたひとですよね。


送り出しをダラダラやられると役者の休憩時間が減るというのはあると思います。送り出しを舞台上で済ませるような劇団もありますし。それを怠慢とみるのか、自衛策とみるのか。


まあ、中にはカミさんの見舞いに来いとか圧をかける輩もいるらしいけどね。なんで役者が貴重な休みを使ってホスピスに見舞いに行かなきゃならんのだ。役者をなんだと思っているのか。なかなか厚かましいと思います。


写真を撮るのに金を取るのが悪いのか、舞台そっちのけで写真を無断で撮るのが悪いのか。


そんな議論が起きること自体幼稚だと思いますけどね。目くそ鼻くそですよ。


どちらも多くを望みすぎなんじゃないですか?それは搾取だと思いますよ。


貴重な時間を奪っておいてそれを当たり前だと思う方も問題だと思うし、ならばお金を取るぞというのもどうかと思うし。


高齢者の高額医療負担は当たり前なのかという議論もありますけど。それに通底すると思います。


終末医療を維持するためには膨大なコストがかかりますよね。医者に看護師、介護士、作業療法士、理学療養士、栄養士、薬剤師、病院スタッフなど様々なマンパワーが必要になります。


中には安楽死を法制化して、終末医療を辞めないかという意見もあるみたいです。


無駄にダラダラと続けることはお互いのためにならないからコストカットせよという意見ですね。


送り出しは無駄とは言わないけど、ダラダラ続けても劇場も光熱費がかかるし、役者も時間を割かなければならない。キリがないわけです。終末医療における負担みたいなものですね。なあなあにしてはいけないという意見もわからなくはないです。


でも、少しでも長く一緒にいたいという厚かましい年寄りの気持ちも、まあ、わからなくもないですよね。


コロナ禍以降、医療は逼迫してます。大衆演劇も集客が減ってます。そのしわ寄せ、負担も増えてるわけですね。


好意に甘えて図々しくなるのは年寄りの性なのかも知らないけども。


医者も役者も暇ではないと思うし、ついつい意地悪いことを言いたくなるひとも中にはいるかもしれません。まあ、それもしょうがないというつもりは毛頭ないけど。


もっとだ、もっとよこせという気持ちもわからなくもない。年寄りほど強欲ですから。席を譲るのが当たり前だとかどこかで思ってそうです。


誰かの欲を満たすためには誰かが犠牲になっているということくらいイマジンするべきだと思います。暇人では済まされないと思いますね。


まあ、お金払って写真を撮るというのもシュールな光景ですけどね。アホらしくなって却って客離れが進まないか老婆心ながら心配します。


本来ならばお互いが察して適度な距離感で楽しめたらいいと思うんですけどね。距離感がバグってますから。親しくもないのに勝手に先輩ヅラしたり。厚かましい輩がいますからね。


そういうのが鬱陶しくて、嫌で、あの劇場には行きたくなくなったというひともいると思いますよ。


「来るもの拒まず、去るもの追わず」なんて殿様商売できるほど余裕ある界隈ではないと思いますけどね。ブームでもあるまいし。


来るもの減って、去るもの増えたらますますオワコン化しますよね。そこらへんの見極めは非常に大事だと思います。調子に乗りすぎるとしっぺ返しくらうのではないでしょうか。やりすぎには注意です。


病院も辞める人の方が増えてるそうです。AIで穴埋めできるほど簡単ではないと思いますし、そうなると患者を間引きするしかなくなりますよね。優先順位つけて、リソースを適宜分配していかないと。いよいよ年寄りにそこまでひとも時間も割ける余裕はなくなってるのではないでしょうか。


いのち輝く未来のデザインを掲げた万博だったけど、少子高齢化に対する明確な提案はさほどなかったように思いますけどね。


カミさんをアンドロイドにすれば解決するのでしょうか?それならば役者をアンドロイドにするとか。


大衆演劇の劇場にミャクミャクの人形でも置いて、代わりにこれを撮れとかいうのはダメでしょうか?