「プロテスタンティズムと近代社会


 社会学などで研究、議論の対象となるヨーロッパの近代化は、特にその初期において、プロテスタント革命によって強力な後押しを得たものだとする見解がある。


 その最も有名な説はマックス・ヴェーバー による『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 』に展開されたもので、清教徒 など禁欲主義的なピューリタニズムが支配的な国家において、労働者 が合理的に効率性生産性 向上 を追求する傾向を持っていたことが指摘されている。


 ヴェーバーによれば、プロテスタントの教義上、すなわち自らに与えられた職業を天職 と捉えるルターの思想と、それに加えてカルヴァンによる予定の教理(二重予定説)によって、貧困は神による永遠の滅びの予兆 である反面、現世 における成功は神の加護の証であるとされたことから、プロテスタント信者、特に禁欲的ピューリタニストは、自分が滅びに定められたかも知れないという怖れから逃れるために、自らの仕事に一心不乱に(ヴェーバーはここで「痙攣しながら」というドイツ語を用いている)打ち込むことで、自分が神に救われる者のひとりである確認 しようとしたという心理 があるという。


 なお、社会心理学者のエーリッヒ・フロム も、『自由からの逃走』の第3章「宗教改革時代の自由」において、ウェーバーの説を援用しながら、そのような心理が権威主義的なものであることを分析し、ファシズムと同様の権威主義的な要素が古プロテスタンティズムに既に内包されていたとする見解を示している。


 また、ダニエル・ベル は『資本主義文化 矛盾』で、このような合理主義 の精神が、芸術におけるモダニズムの運動と共に、近代社会 のあり方を規定 した主要因であったとする。また、1960年 代以降、消費 社会と結びついたモダニズムの影響 力が拡大し、プロテスタンティズムに由来する近代の合理主義 を脅かしているとも診断する。


 プロテスタントと近代の関わりについてはもうひとつ、異なる側面を扱った説があり、やはり広く知られている。教会に赴いて他の教徒と一緒に説教を聞いたり、賛美歌 を歌うことによって信仰を実践していたカトリックに対して、プロテスタントは当初、個々人が聖書を読むことを重視した。集団で行う儀式に比べて読書は個人中心の行動であるため、一部の論者はこれを近代社会に特有な個人主義 と結び付けて考える。



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