離婚を受け入れられないことの一つに
息子の心臓病がある
妻を愛しているのは間違いないし
それで離れられないという、はたからみたら未練たらしいんだよ!キモ!っていう向きはここでは無視して
…
まあ、単純に妻が好きなのだよ
百歩譲って、離婚を考えるにしても、やはり引っかかるのは、息子の心臓病
この病気は息子だけでなく、娘も心配なのだ
娘も数年前に検査を受けていて、異常はないと診断を受けてはいるが、やはり兄妹で双子である
今後、どうなるかは誰も分からない
それに、娘には息子が心臓病で産まれたため、生まれて数ヶ月後には義実家に預けていたし、小学校に入ってからは、息子が病院の診察で早退するときには、学校から帰宅したら誰もいない状態になるので、娘も早退させていた
やはり、学年が上がるにつれ、娘も早退に難色を示していたから、嫌だったのだろう
なぜ、兄(双子なので、娘は長男を兄とは思っていないけれど…)の病気のために私までこんな目に遭うんだと思っていたに違いない
無理からぬことだ。
話がそれたが、要するに移植が必要となる病気を抱えている子供がいながら、離婚という選択が正しいのかと思う
離婚すれば、どうしても親権を失う親は子供に会う機会を失う
あったとしても極短い時間しか会えない
そんな状態で果たして父性を保てるだろうか
父性がだんだんと無くなり、子供は父親を必要としなくなり、考え方も妻とその親族となった子供を大切に思い続けられるだろうか
それから、離婚すれば、子供と別居親は親子であるのに別々の暮らしをし、いわば二重生活をすることになるのであるから、生活費も2倍である
移植を考えたとき、当然お金が必要になる
自己資金だけで賄える金じゃない
人様からお金をいただいて移植を受けなければ対応できない
子供にとって離婚は正しい選択肢ではないと思う
私が変わればいい
それを妻と子供が信じてくれたら離婚せずに済む
自分勝手な意見だということはわかっている
しかし、現実的に考えれば、移植や今後の治療のためにはお金が必要であり、母性だけでなく、父性が絶対に必要だ
義両親がいるからだ大丈夫という向きもあるだろう
しかし、たくさんいる孫のうちの一人でしかない子供のために人生をかけてどこまでやれるだろうか?
私と妻以上に子供のことを守れるか?
子供のために人生をかけれるか?
現実として、子供のために財産を失えるか?
だから離婚はできん。
数日前、
ジョンQ 〜最後の決断〜
という映画をレンタルして観た
ネタバレは好きではないので、詳しく書かないが、息子が突然心臓病で倒れ、移植が必要になったが、金が無く、病院から退院勧告される。
そして父親がとった行動は…
という具合。
デンゼル・ワシントン
が主演。
実話を膨らませた映画らしい。
アメリカなので、移植って言っても臓器提供についての理解がすすんでいるからあとはドナーに巡り会えるかと、金の問題だ
あと映画で訴えているのは当時のアメリカの保険制度みたい
だが、日本の小児心臓移植の場合は困難に困難ばかり
たまに、「◯◯ちゃんを救う会」とかが募金活動を始めたとかニュースで見たことあると思う
なぜ、募金が必要なのか
それは、
日本では臓器提供の意識が低いこと
脳死を人の死という感覚が持てないこと
だから、臓器移植への理解が進んだ海外に行かざる得ないこと
海外は、自国民が移植を受けられないのに、日本人が金を積んで自国民の臓器を移植することに反発している
がから、移植費用が高騰する
渡航しても、ドナー待ちが続くため、病児に付き添う親の分を含めた膨大な滞在費がかかること
これらの状況から、心臓移植をしてあげたいと思っても、
2〜3億
っていうお金がかかり、諦めて子供を死なせてしまうか、募金に頼るかしかなくなる
俺は、それら募金活動に募金したことがない
募金してあげたい
だが、その募金するお金を息子のために残してあげたいからだ
ただ、その移植のためにお金が必要だからといって、惨めな生活をさせたくなかったから、贅沢をせず、かといって貧相な生活をしないでいいようにしてきたつもりだ
話がそれまくった
とにかく、一度この映画を観てもらいたい
父親の行動が、
そーきたかい!
って思うが、映画だからね…そこは
ただ、その父親の気持ちは痛い
痛いほどわかる
だから、子供のためを思えば、離婚は受け入れられないのだ
離婚したら息子の心臓病を治してくれるのなら、
今すぐ喜んで離婚に応じる
たとえ、その後子供に会えなくても
次に観たいと思っている映画は
逆に、脳死となった娘を持つ親が臓器提供を求められ…
って話の
人魚の眠る家
って邦画。
東野圭吾さんの小説が原作。
ただ、最近公開されたものだから、レンタルはだいぶ先なので、原作の小説を購入した。
心臓病児の親の気持ち
臓器提供をする子供の親の気持ち
それぞれを理解したい