窓から、まだ肌への刺激の強さを少し含んだ陽の差し込む図書室に、わたしたちはいた。体育館の屋根が、オレンジがかった光をあちこちに放出している。

 本棚から、飛び出したり引っ込んだりする本たちの背中をそろえるために座り込んだ私の膝の上には、あなたがいた。近くで見ると、目じりにちいさな皺があるのが愛おしくて、指先でなでてから、そこへ思わずキスをした。

 校舎の階下からは、下校していく生徒達の瑞々しい声が聞こえる。さっきまで、ここにいた生徒達で、その時わたしたちは“国語科の堤先生”と、“社会科主任の林田先生”だった。

 ものを言わずに、大きなデジタル・ウオッチのぶらさがった左手がへびみたいに私の首に巻きついて、あっという間にひきよせられて、短いくちづけをした。何回も。

 一回目は目を開けたままだったれど、二回目からは目を閉じた。
 汗と、煙草と、チョークの混ざった、だいすきな匂いが鼻をくすぐる。

「本をそろえるのと、こうしているのは、どっちが好き?」
「どちらも好きだし、大事だわ」
「残念だな。俺はこうしている方が、心地が良い」
「どうして?ずらっと並んだ本が、ぴったり整頓されている風景と、それとあなたのキスは安らぐのよ。同じぐらい」

 心の中で、こっそり思う。
“ホントハ、オナジジャナイノ”

「何か可笑しい?」
「何も」
「じゃ、何で笑うの?」
「好きなんでしょ?私の笑った顔が」
「好きだよ」
「だから笑ったの」

 それから、長いキスを一度だけして、図書室を出た。

「帰るの?」
「勿論。だってあなたも帰るんでしょ?」
「ああ、間違いない」

 また明日ね。私が言うと、めくばせをしてから、あなたは職員室のドアを静かに開けた。ひんやりとした冷気を顔に感じながら、私はデスクへ向かった。まっすぐに。
 梅雨の中休みだったその日。
 あたしたちは四回目のデートだった。
 運転は、あたし。
 BGMを選ぶのはあなた。

 あたしの大好きなビーチに車を停めた。
 マイルス・デイビスのCDと一緒に、あなたはうすみどりで大きなバスタオルと、濃紺の水着を出した。

「絶対、泳ぎたいって言い出すと思って」

 あり得ないぐらい、あなたが好きと思った。
 どうしようもなく、あたしの事を解かってくれてると感じた。
 目が開いて、口角が勝手にあがってるのが自分で解かった。

 なのに。
 あたしは、その日に限ってトランクに水着を積んでなかった。
 人生五本の指に入るしくじりかも。

 だけどあなたは言った。
「おいで」って。バスタオルをきれいな傾斜のかかった芝生の上にひいて、その半分に寝転がって。

 あたしは残り半分に寝転がって。
 それで、しゃらら、しゃららら、しゃらら、って、ずぅっと続く波の小さなこえを聞きながら、たくさん話した。
 お互いに目は合さずに。
 太陽と目を合わせながら。
 人生五本の指に入る幸運かも。

 それで、その帰り際に、はじめてのキスをした。

「キスしていい?」ってあたしが聞いた。
 そしたら、何かの糸がぷちん。って切れたみたいに、あたしが潰れちゃうんじゃないかって思うぐらいに沢山キスをくれた。
 体にも、心にも、時間にも、どこにも隙間のないような。

 甘くて甘くて、凶暴なキス。

 実際、あたしは潰れなかったけれど。
 だけど心はくしゃって潰れた。
 色々なものが占めてたあたしの気持ちを、それらを全部。
 きれいさっぱり潰して、あなたはあたしの心を支配した。
 キスしただけで。

 あの無骨な仕草。
 滲む汗。
 それから潮くさい、あの匂い。

 きっと、それらがそうしたんじゃないかと思う。
 あたしの心を。

 あなたがしたのではなくて。