飯田橋駅を出発し、九段下の交差点を右に曲がって坂道を登ります。
東京は都心でも、急な坂が多いのには、驚かされます。
こんな坂の上に靖国神社があるのか......。
靖国神社はテレビでしか見た事がなかったので、勝手に平地にあるものだとばかり思ってました。
そうして、しばらく歩いて行くと、立派な鳥居が見えてきました。
あそこが靖国神社だな。
鳥居の前に着いて、下から鳥居を見上げてみました。
「へえ、大きな鳥居だなあ。」
と感心して、しばらく見とれていると、
「大きければ良いってもんじゃないっ!」
と何やら不快そうな声が聞こえてきました。
だいたい神社に行った時というのは、喜んで歓迎してくれるものですが、ここでは何か怒っているようなものを感じました。
何で怒ってるんだろう?拝殿に行って聞いてみよう。
というわけで参道を歩いて、拝殿へと向かいましたが、すでに夜遅いので、すれ違う人は全くいません。
参道は幅も広く、昼間や、みたままつりの時などは、さぞ賑やかであろうことが、想像できました。
そんなことを思いながら歩いているうちに、拝殿の入口にたどり着きました。
しかし、すでに門が閉まっていて、中に入ることができません。
おまけに、門から少し離れた場所で、警官が一人で立って監視しています。
靖国問題で、いろいろ揉めているのは知ってますが、まさか警官が立って見張っているとは。
門の前で、手を合わせて拝んでも、警官の視線を後ろから感じて、なかなか落ち着いて祈ることもできません。
一晩中、警官に見られているのですから、戦没者の方達も、かなり不愉快であろうことが察せられました。
それでも何とか心を鎮めて、戦没者の方達と会話をしてみることにします。
すると、さっき怒っていた声の主が話しかけてきました。
よく観察してみると、陸軍の軍服を着ていて、軍刀を腰から、ぶら下げています。
「戦没者の霊は、ここには居ない。みんな普段は、地元の墓や神社に居る。」
「何の縁もない都心の神社なんかより、故郷の自然や町の中に居た方が、居心地が良いに決まっているだろう。」
この軍人さんは、顔立ち等から推測するに、おそらく家柄も立派な高級軍人なのだろうと思いました。
「ま、そんなところだ。あくまで、みんなの代表に過ぎないから、私のことなど、どうでも良いだろう。」
誰なのか気になりましたが、結局、名前までは教えてくれませんでした。
話を聞いてみると、いろいろと溜まっている事があるらしく、私に吐き出してくれました。
「本当に慰霊の気持ちがあるのなら、各地に所在する慰霊碑や激戦地に赴いて祈るのがよかろう。」
「残念ながら、ここは平和のシンボルではなく、アピールの場となってしまっている。」
「戦没者の慰霊のために訪れるのならまだ良いが、『外国からの圧力に負けないようにしろ』だの『日本を強い国にしろ』だのと、そんな邪な祈願をする人間があまりにも多いのだ。」
「靖国だけじゃない。各地の慰霊碑や神社で、そういうお願い事をするのは本当に止めてほしい。」
「お願いするのならば、平和に関することを願ってほしいものだ。」
平和ですか。
平和とは戦争がないということなのでしょうか?
気になったので、軍人さんに問いかけてみました。
すると、ぼやけたイメージが浮かび上がって来たので、さらに心を鎮めて、そのイメージに集中してみました。
そしたら、いろいろなイメージが、頭の中に沸き起こってきます。
家で夕食を取りながら、和気あいあいと団らんしている姿
ある者は会社に行き、または学校に通い、同僚、もしくは友達と仲良く会話している姿。
公園で寝転がったり、繁華街で遊んだり、図書館で本を読んだりと、どれを見ても、日常のありふれた光景ばかりです。
その時、ハッと気づきました。
何気なく過ごしている、ごく普通の日常生活。
これが平和なのか!
「そう、それが平和だ。いつも君達が当たり前のように過ごしているであろう日常生活。それこそが平和なのだ。」
「平和な世の中に感謝する気持ちを、いつまでも忘れないでくれたまえよ。」
なるほど、平和とは、この平凡な日常生活そのものだったのですね。
そのことを当たり前だと思わず、感謝の気持ちを忘れないようにしないといけないなと、改めてそう思いました。
「戦争を起こさないように努めていきますので、私達のことをこれからも見守っていて下さい。」
お祈りをして、軍人さんに別れを告げましたが、もう軍人さんは、来た当初のように怒ってはいませんでした。
「うん、それで良い。」
そして優しい声で私を見送ってくれました。
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