ここ最近、自分の今置かれている環境についてよく考える事があります。
特に仕事面でなんだけど…。
なんでかって、
「現状に満足していないから」この一言に尽きる。
その理由だったりを模索するのに少し時間がかかるのが私。
即決できることもあるけども、そうでないこともたくさんあります。
今回は、その後者でした。
人間誰しもが
《失敗や嫌な気持ちを味わいたくない》から
考えてしまうし進めないんですよね。
でも、それでは状況は変わらないし変えられない。
それにやっと気付くことが出来ました。
というのも、先日、自分の環境を変えようと
新たに大きな決断を1つしました。
そして、
《今置かれている環境をどう変えていくか》も
何となく答えが出た気がしました。
これに気付かせてくれたのが、
仕事上で関わった人。
その人にとっては、何も意識もしてないだろうし
私がこう感じてるなんてきっと気付いてもないでしょう。
何せ初対面だったのでね。
でも、その人が居なかったら、
きっと私はこの気持ちになっていません。
そういった意味で、その人には感謝ですね。
きっと一般的には、その出会いは
《何でそんな態度取られなければならないの?》と
胸糞悪い気持ちが芽生えるような
決していいとは言えない状況。
ということは、本来ならば誰しもがこんな言葉は使わないであろう事が予想できるのですが
今の私は、その人に向けて
《背中を押してくれてありがとう、
踏み出せない私のお尻を叩いてくれてありがとう》
という気持ちが芽生えました。
この気持ちになるまでに、
正直モヤモヤだってしましたよ(笑)
でも、その気持ちを整理し消化してしまうと
自然とその人へのモヤモヤなんて
消えてしまうんですよね。
あら不思議。
だから今は、その人に感謝です。
そして、今回の出会いは、
私が決断するために必要だった出会いなのだと
今は腑に落ちています。
自分の気持ちを無理に納得させるのではなく、
なんのために今自分がこの状況に置かれているのか?
冷静に考えられた自分を褒めてあげたいと久しぶりに思いました。
大人になると、褒められる環境ってなかなかないものです。
人間誰しもが褒められたら気持ちが昂るはずなのに、嫌なことばかりが目につき褒められるなんて滅多にない。
自然とそういう状況になっていき、しまいにはそれに慣れてしまう事でマイナス感情ばかりが目立つ。
それに、不思議なことに大人と子供じゃ正反対のように置かれる立場も違うので、子供以外の他人を褒めるということ自体しなくもなるんですよね。
だからこそ、自分を高める為には、
自分で自分を褒める状況をつくることも実は大切だなと、私はとある方から学びました。
それは、
《誰からも褒められないなら自分で褒めよう!》
という簡単な事なんだけど…
これ、実は簡単な様で難しいんです。
というのも、大人になると無意識のうちにプライドが根付いてきます。
すると、その自分にしか意識の無いプライドが邪魔をして褒めるという行為が出来なくなるんですよね。
でもそのプライドって実は、自分以外の他人からしたら
「なんでもない事」や「大したことない事」にしか過ぎません。
共感できることはあっても、
「そうなんだ〜」「そうだよね〜」で大半が終わっていませんか?
ということは、結局他人からしたら「大したことない出来事」になるんです。
不思議ですよね。
自分が勝手に作ったマイルールと自分のプライドが邪魔をして
自分で自分を苦しめていただなんて(笑)
他人は他人であり、
その自分のルールで出来上がったプライドは
他の人にとって同じ基準かと言ったら
そうではない事のが多いです。
もちろん、全く0では無いかもしれませんが…。
ただ、100では無いのは事実なんですよね。
もし100だとしたら、世の中色んなことにおいて争い事だって起きないはずなんです☝️
ということは、
あくまでも他人は他人であり自分は自分。
そして、プライドというのは自分が勝手につくった、自分自身と争う為だけのもの。
よくよく考えたら、自分対自分なその争い《必要ない》ですよね(笑)
その無駄な労力を使うくらいなら、プライドなんて捨ててしまった方が余っ程も気楽にも過ごせるんです。
何が言いたいかと言うと…
これに気付けた人は、素直さが手に入る事にお気付きでしょうか?
「自分って〇〇だから△△だったんだ」
などと、自分の中で答えを出せるので
自分で腑に落ちる環境をつくることが大切です。
すると、自分軸が出来上がるので、悩んでも苦しむことなく解決できるようにもなります。
ならば、こちらの方が良いと思いませんか?
だからといって、プライドを持っては行けない訳では無いですよ。
いらないプライドは捨てようね、ということです。
いらないプライドかどうかの基準は、
《自分自身を高めることに必要なものかどうか?》
だと、私は考えます。
なかなか難しい表現ですが、自分自身を幸せにするために環境を変える事も、
自分の感覚を変えることも自分にしか出来ないことです。
今日は私自身感じたことをズラズラっと並べてしまいましたが、
何となくでも誰かの心に伝わっていたら嬉しいです。