子供が産まれたら、施設に預ける。
離婚が成立し時期がきたら迎えに行く。
旦那に自分の子じゃないと証言してもらう。そうすれば子供の戸籍があたし達のところに移せる。



そこに行きついてしまったのだ・・・



旦那に言わなきゃ何も始まらない・・・
離婚裁判に確実に有利なあたしがもっとも不利になる発言をした!と後に周囲から責められる。
今思えば同感だ。
周りが見えてない子供のようだった。


旦那に告げた夜のことは今でも覚えてる。
今までにない淋しそうな表情。


次の日、3家族での話し合い。子供を産むことも当然反対の嵐。
望まれないとわかっていても、この子はあたし達が守ると決めた。
結局その日は離婚調停の日取りを決め、解散した。解散というより、さよなら・・・二度と顔を合わせることはないと思った。


その日、一人きりの夜を過ごした。なんて長かっただろう・・・
右を向けばいつだって彼の寝顔があった。あたし達は出逢ってから1度も離れたことはなかったのだ。

赤ちゃんは20週に入っていた。彼の母親は「堕ろしてくれ」の一点張り。次第に彼は「もう無理だ」といわんばかりの表情になっていった。

そして、あたしの母親の一言があたしの目を覚まさせた。

つづく。




「だってあなたはあたしが居なきゃ何もできないじゃないドキドキ





あの頃彼によくそんなことを言ってたっけ・・・

今思えば、弱さを隠すための強がりだったな。自己暗示だった気もする。だってあたしは人一倍弱かった。



帰りが遅くなった彼に理不尽に八つ当たりした。

喧嘩をすると、「大嫌い!!」と嘘をついた。

気持ちは充分に伝わってくるのに、彼を想えば想うほど、恐怖が襲ってきた。



情緒不安定なあたしは当時、安定剤など、薬を手放せずにいた。

薬のせいなのか、ひどく体がだるい日が続いた。





妊娠検査薬陽性反応。





あたしがこれを目にしたのは、体調をくづしてから1週間後のことだった。





「もし、あたしが妊娠したらどうする?」



そんな質問を投げかけた、彼は「わからない・・・」とつぶやいたきりだった。

どうするべきなのか、客観的にみればわかることなのに、あたし達は目の前しかみれなかった。


別居中とはいえ、産もうなんて許されることぢゃない。けど大好きな彼との赤ちゃん・・・一度は出産を経験し、命の誕生の幸せを感じた事のある身でどうしても堕すなんて出来ない・・・
まだ学生でこれから未来も可能性もある彼に産みたいなんてあたしの口から言えるはずもなかった。



とにかく2人で病院へかけこんだ。けれど時期が早すぎたのか、ちっとも赤ちゃんの姿が見えないでいた。何件も何件も病院を渡り歩いた。
そして元気な赤ちゃんの心臓の音を聞いたのはそれから2週間後。順調に育っていく赤ちゃんを見て不安でいっぱいな想いとは裏腹に涙が出た。



赤ちゃんが無事な事がこんなにも嬉しいなんて・・・



あの日は妙に天気がよかった。川辺に2人、座り込んであたし達は誓った。


この子はあたし達を選んできてくれた。この先どんな苦労が待ち受けているかわからないけど、なんとしてでも2人で守ろう。
今いる子と、お腹の子と・・・4人で生きていこう。


新たなスタートの幕開けだった。
同時に悲劇のカウントダウンはここから始まった・・・




つづく。





大切なものを手にすればするほど、人はどうしてこんなにも臆病になるんだろう・・・


あの頃のあたしはそんなことをよく思ってた気がする。

あたしたちはとにかく色々な所に遊びに行った。父親が居ないことで子供に淋しい想いさせちゃいけない。あたしと同じ境遇の人なら必ず思うこと。ただ、あたしが間違ったのは父親の代わりをしてもらってしまったこと。
けれどその時は、そんなこと考えることもなくひたすら先へ進んだ。前しかみえてなかった。
彼はいつでも一緒に居てくれた。あたしは他には何もいらなかった。
一番怖かった夜も必ず側にいてくれた。彼はあたしに背中を向けて寝ることは絶対にしなかった。それが凄く嬉しかったんだ。
あたしの望む幸せがそこにはあった。
永遠に続くと信じてた。
若かったんだ。

けど、若さのせいにしてはいけない過ちをあたしたちは犯してしまう。


寒さが消えた春の入り口・・・




つづく。