この投稿では、「衝撃の発表から始まった高校2年生」をお話ししていこうと思います♪
前回の投稿では、波瀾万丈高校3年間というタイトルで1年生の時の投稿をしました。
前回1年生だけで長くなってしまったので3本立てでお送り致します!笑
1年生の時は毎日食らいついていくのに必死な1年だったのに比べ、2年生に上がる頃には少し余裕が出てきたと同時に今年は絶対にメンバーに入らなきゃ!という焦りの気持ちが出てきました。
やる気に満ち溢れていた3月、そんな時に知らされた藤重先生の異動。
衝撃でした。
音楽室には新3年生と新2年生。あちこちからすすり泣く声とどんよりした空気。
とくに私の代は県外生が多く「笑コラの代」と呼ばれていました。憧れの精華を作り上げてきた先生がいなくなるということはどういうことなのか…。
数日後お別れ演奏会が音楽室で行われ、その日からは新しい精華の始まりです。
私は2年生に上がり、4月には新1年生の入部、そしてすぐに浜松のアクトシティでバンドクリニック。
3年間の中で一番大変で、それでも初めてメンバーに入れた本番だったのでとても思い出に残っています。
まだ新体制になって間もない中選曲されたのは、「フェスティバルバリエーション」。
前日に口内炎が3つほどでき口の中が血だらけになりながらも吹いたのを思い出します…。
自分の技術的にも物理的にも死ぬ思いでした。笑
そして福岡に帰ったらすぐコンクール、マーチングの大会に向けて準備が始まりました。
精華は大会だけではなく県外の遠征、地域の本番でもメンバー制なのでたくさん本番をこなした数だけ経験と実力がついていく世界です。
とにかく本番に出させてもらえるようにたくさんのレパートリーをさらい直し暗譜し、苦手だったマーチングも動きが上手な先輩を見て学び真似し、吹奏楽コンクールのオーディションではなんとか九州大会までメンバーに入ることができました。
そしてその年のコンクール。
毎年10月まで続いていた熱い夏は真夏真っ只中の8月で終わり、2度目の衝撃を受けました。
なんで?
ちょうどその頃、精華に密着取材が入っており、取材の方も九州大会に同行していました。
演奏が終わってすぐたまたま取材班の方のすぐそばを通り、演奏はどうだった?と話しかけられたので即答で「絶対全国行けます!」と答えたくらい自信がありました。
たった1点。たった1点の差で泣くか喜ぶかの世界。
改めて厳しい世界だなと感じた夏でした。
それからは気持ちを切り替え次はマーチング九州大会!
無事九州大会突破、全国大会へ出場ができました。
1年生の時とはまた違う大変さと波乱があり2年生も濃ゆい1年でした。
でも今の精華があるのは当時の3年生の先輩方と先生方が作り上げたからだと思います。
次の投稿で高校3年間の投稿は終わりになります。
次回以降からは、今指導する側に立って思う事や、今始めようとしている事業のことを投稿しようと思います♪
次の投稿は「最後の年!もう一波乱!笑」
というタイトルで投稿したいと思います♪