うみとそら -2ページ目

うみとそら

うつになって・・・ ネットの片隅にでも自分の心がのこるなら・・・

神学校の勉強部屋はこんなところです。



きょうで冬休みの宿題は終わらせたいんですけど、

調べれば調べるほど、まとまりません。




もう だんだん うすぐらくなってきちゃったよ・・・

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おととい12月19日は 自衛隊イラク派兵差し止め訴訟の原告なので 裁判所に行ってきました。


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人の命を軽く扱う政治の姿勢に怒りを感じながら、

でも、気持ちを込めて言葉で伝えることでもっとたひとりひとりを大切にしようという気持ちが基礎にある政治に変えたい。

という想いをこめて、裁判官と被告席にいる政府の代理人の人たちを見つめていました。

個人的な発言を許されていない政府代理人の人たちも心の中は大変だとは思います。

でも、この裁判をとおして、国の機関である裁判所の記録として今をのこすことも大切なことと思っています。

もちろん「裁判で勝つこと」それも大切なことですけれど



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だって 自分が、umi-soraが、せかいじゅうの人々が 次の瞬間に命が奪われるかもしれない

という不安をかかえて生き続ける世界が 少しでも早く安心して暮らしを送れるように したいから。


生活の枠を自分で決めるというのは なんと むずかしいことか。

ねむいのか ねむくないのか ということすらも わからなくなる。

眠ろうという決断も 生活のリズムがあってこそ できるもの

いつでもいいから 薬を飲む時間も決まらない。

そして また 薬がたまっていく。

和解できないから祈るのか

和解したから祈るのか



眠れるものなら 眠りたい

やっぱり ほんとうは しんどいんだ


元気だ と おもって たのしくすごしているうちに この病気は しずかに しずかに からだにひろがっていく。

そして もうだいじょうぶ と おもった瞬間 あの ことばが よみがえる。


「しごとになってないぞ」


まだ おわっていない

まだ なおっていない この病気


でも 生きることは やめられない

これは 自分の自由に できることではない

自己紹介をしました。

神学生になるまでの。


むりをして勉強とちゅうのおはなしを しても

 結論はないし。