川柳葦群「葦の原」推奨作品(76号より)
梅崎 流青選
遠目には海は静かに凪いでいた 平井美智子
人の世を少し離れて鳴く夜鳥 野原 萌
手の汗は嘘を煮詰めているのです 織田 和子
野の花を一輪挿した貧しい日 上田美知子
蜘蛛の巣に一人芝居が動かない 野沢 省悟
冬枯れの庭に螢の立ち上がる 鈴木 和枝
折り合いの付かぬ心にカラス鳴く 池上 弥生
雨になる雨のページを開いたら 平尾 正人
寂しさに耐えていますという歩幅 荻原 鹿声
良く物が見えて静かに老いている 淡路 放生
ひとりゆく暗夜行路の蛍なり 正岡 鏡花
追われた故郷へ礫を投げ返す 野川 清
もうもうと厨湯気立つ日もあった 萩原奈津子
見てるのは借金取りの歯の白さ 真島久美子
夕暮れが笑顔でやってくる時間 樋口 仁
一枚の葉書がやがて重くなる 木本 朱夏
鳩尾を踏みつけて行く笑い声 相原あやめ
川柳 葦群ノート (76)
梅崎 流青
葦の舟
「舟を編む」(三浦しをん著)は辞書作りの面白さと厳しさを描いたものだ。
辞書は言葉の海を渡る舟、という解釈で「舟を編む」という表題となった。その中で「右の語釈は」という問いかけがある。ちなみに私の電子辞書を開いてみた。①南を向いたとき西に当たる方②昔、左右と別れた官職の右の方。通常左より下位であったとある。その他いくつか。
辞書編纂スタッフは辞書を作る上でそれぞれが語釈を述べ合い整理していくのだ。私ならどういう「右」語釈か。①朝日に向かった時海苔漁に向かう船の音がする方角②盃を持つ手③二人で歩く雨の歩道で濡らす方の肩③風を読む人差し指を立てる方の手④時々痛む奥歯の位置、と列挙してみる。
そういえば壁を塗る職人を左官というがその昔、右官なる職があったという。左官と右官。何れも宮中の修理に従事した。左官はことばとして今なお健在だが右官は既に遣われなくなったが現在でいう大工のことだ。大工は明治期に棟梁などに置き換えられた。それにしても「左」が上位というなら当時は左官の方が高い位だったのであろう。また酒飲みのことを、このところあまり使われなくなったが「左きき」という。これば大工が左にノミを持つことから「ノミ手」が「飲み手」に転じて左きき、というがこのいわれも電子辞書には載っていない。
その「舟を編む」の中で用紙の話が出てくる。本が紙と活字で出来ている以上本作りには重要なポイントだが案外見過ごされがちだ。辞書に限ったことではないが印字が薄かったり、また次ページに透けては困る。そしてページをめくるとき指先に絡む「ぬめり感」。カラーの再現性も見逃せない。「べらぼう」の蔦屋重三郎ならどうする。 私はこの「川柳葦群」発行でこれまで2社から印刷を断られた。1社は印刷金額、もう1社は私の印面への注文が厳しかったからである。その後どうにか現在の印刷所を確保することできたが冷や汗ものだった。 再び「右」の語釈。有明海はこのところ海苔の不作で船のエンジン音が途切れることや、雨の歩道で右肩を濡らすことももうなくなった。 明けて新年。表紙絵のカラーと会員の皆さんの力で「葦の舟」を発行できる喜びにひとり乾杯する年明けである。
近詠
飯が噴く人が生まれて死ぬときも 沖を行く流木夢を乗せたまま 稜線を転がり落ちていく夕陽
旅の果て硬貨いちまい手に残る