各種ディグリー後、新たに人生を切り開き出した方々が多くなりました。

私も嬉しい限りです。

今日はその具体例をシェアさせてください。

その中のお一人で 介護福祉の学校に通いだしたクライアントさんが熱海のお宮に詣ったそうで、 お土産で買ってきて下さいました。


1st伝授前は人混みが本当に苦手で嫌だとおっしゃっていたのに、今回の熱海、たくさんの人がいたにも関わらずそういえば気にならなかったとのこと。

実は彼は とても社交的で人好きがする人なんですけれどもね。

徐々に元来本来の性質を取り戻しつつあるようでそれも嬉しいですし、本当にその職につくかつかないかは別として、資格が取れたことによる自信を取り戻していただきたい。

元来本来このクライアントさんはリーダーシップに非常に長けており、細かい所にもたくさん目が向く方でいらっしゃる。

自分がリーダーシップに長けている?

自分はそんな器ではないのではなかろうか?

彼はそのように長年、ご自分のことを 誤って認識しておられましたが、いやいや違うから。

この誤った自己認識というのは 喜劇のようであり悲劇であったりします。

この逆で私はリーダー格なのっ!と勘違いしている人も 本人にとっては喜劇ですが周りにとっては悲劇です。


ともかくも。

彼は 幼い頃から 青年期にかけて、とてもご家族のことで悩まれておられたので、自分のことまで つまり自分のライフキャリアのことまで頭が回らなかった方なんですけれども。

これからは自分自身の本領を発揮していただきたい。

この彼の周りにはこの彼を 慕い頼り、人がたくさん集まってくるでしょう。

物理肉体も精神も、このお宮の大きな樹のようなクライアントさんです。

彼はこのお宮のこの樹にお呼ばれされたんでしょうね(^^)

神棚にあげさせていただきます。

ありがとう。

以下はそのクライアントさんからの 近況報告のシェアなります。

ご一読くださいませ。

その他の方も気づきや、ヒントになるようなことがたくさん散りばめられていると思うのです。




介護の教室も残り3回と終わりは見えてきました。

今年になってグループでの実技やら発表やら苦手な時間ばっかりで劣等感やらコンプレックスやらは感じてはいましたが意識して負に陥らないようにし、どうにかこうにか粘って頑れたなと。

長くなるので省略しますが今年に入って大きく変化したと感じます

最近はハプンング的なこともありますが、終わってみたらもっと上手く凌げれてたなと感じますけど、自分の中で成長を感じていればこそ、自分の成長を正確にはかる為に障害はわかりやすい方法ではありますし 、成長したと感じる部分も使わないと成熟とか強化されにくいので必要なことが起こってるとは思ってはいますが面倒臭くもありますね、まぁ~このハプニング的なことも浄化作用って側面もあるのかも知れませんが。

全くその通りですね。

とりあえず出来るだけ溜めない、それを徹底しちゃうと強迫観念に変化してしまったり必要なことに気付けずに何がが疎かになりやすいとは思うので溜め過ぎないことってことにして多少はアバウトにし自分で気付ける範囲でのバランスは感じたり考えてはいきたいなと、ただ人として要領よくなったり器用になったりテクニカルになっていく的な悪くならないコツを掴むってのはなりたくはないのですが、現実としてある部分で必要であるのは頭では多少はわかりますが、まぁ~矛盾ですね。

このクライアントさんの中で、ひとつ誤解というか、 思い込みが強くあるのですが、
要領が良い というのは決して悪いことではないということは皆さんも一つ念頭に置いといてください。

自分の場合はもっと身近なことをやれてこそだとは感じてはいます

汚れたら洗う、使用したら片付ける、そういったもんこそ溜め過ぎない。

それを度返しして介護の勉強に気を入れ過ぎないようにとは気をつけています。

今のところは順調に勉強は出来てはいますが、この順調をキープしたくて身近なことを疎かにしないようにとは思いますが、でも何にも疎かにしないのなら、そんな存在は人間な訳ないので何にでも気付ける訳がないし、それに目を逸らしたくなる事柄や癖も普通にあるもんだと思うので。

勿論、改善も必要な部分もあるとは思いますが今はそこに目を向け過ぎず程々にやろうかなと。

今まで当たり前なことをやれずに生きてきて、やれないことにジレンマもあったり情けなくも感じることもありましたが少しづつそういった身近なことに手を掛けても苦通を覚えなくなり、楽することばっかに執着したり、自分の時間に執着したりって感覚が薄まって来つつあるのかなとは感じてはいます。

時間をかけてやっと人間ぽくはなれています。

介護に職ついたとしたら今より以前の自分ならば潰れているか、逃げているか何かしらの問題を起こしたりとかだと思いますし、授業で教科書から学ぶことから初めたのが自分の道としてはよかったのかなと感してはいます、今はその確率を半減させれるくらいの成長は出来たとは思います。

正直に介護って勉強するまではネガティブのイメージが強かったですし、やっぱり自分みたいな立場で教わる方々もどっかネガティブな側面も感じてはいました。

意外と面白い面もあるのかなとポジティブな要素は感じています。

普通に成長が見込める、それが一番に大きなポジティブな要素ですね。

それに意識が大きく変化していくだろうと。

例えば自分が身心とも健康でなければ人に良い影響なんて与えらんない、そこを感じ過ぎても、考え過ぎても、まだ負担にしてはリバウンドさせてしまうのでここも今はアバウトで行かせてもらいますがそういった面一つにしても意識の変化はしますし。

そういった環境で鍛練するべき時期が来ているとは感じてはいますが、まだそこまで深くは考えていませんがどういった形でってとこをちゃんと考えたいです。

伊藤さん、よろしくお願いします。


この方は 自分の才能や能力を発揮することをに関してためらいが強くおありです。

自分自身や自分を取り巻く現実が、より良くなることに関して ためらいや逡巡を感じておられるから矛盾を感じるようなことがあったりもします。

もっと言ってしまうと自分の才能や能力を発揮することに罪悪感を抱いているんですね。

その罪悪感の根幹にあるものはここでは伏せますが、こういったものが徐々に解けていくと(浄化・手放してゆくと)このように変化して行きます。

この方に限らず、自分の才能や能力を発揮することを躊躇する、もっと言うと発揮してはならないというブロック(心の澱)を持っている人はものすごく多いです。

レイキをはじめてみると、その過程で、嫌な側面の自分自身にも出くわしますが、このように自分自身の素晴らしい才能や能力にも出くわします。

自分の素晴らしさや才能を認めて発揮する。

結果的にそれは自分だけが良くなるのではなく周りの人々にとっても有益だということです。


この記事にあるように本当の自分に怯えているとは自分の素晴らしい才能・能力などに対しても怯えていたりするんですよね、人というのは。

自分の持っている素晴らしい能力や才能に怯える。

なぜ怯えてしまうのか。

発揮することをやめてしまうのか。

その原因は千差万別かつ、過去(生含め)の生い立ちや周りの人々との関係性や出来事などに由来しますが。

その怯えを少しづつ手放して。

少しづつ健全に自分自身を認めていきましょう。

重ねて言いますが、それは自分のためだけではなく、周囲にも素晴らしい影響を与えるので。

ではまた👋愛と感謝を。




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ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय ह्ल्रीं ॐ स्वाहा

ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय


ॐ ह्ल्रीं बगलामुखि सर्वदुष्टानां वाचं मुखं पदं स्तम्भय
जिह्वां कीलय बुद्धिं विनाशय