第4回目のブログです。
前回はバイタリティー強すぎ人間=母についてエネルギッシュな日常をお伝えしましたが、そんな母と私の関係、母の人柄について今回はお話していきます。
母は常に私達子供達の為に動いてくれる人でした。
寝坊した弟を車で1時間の高校へ送ったり、
遠い高校へ通っていた私を深夜早朝問わず駅まで送ってくれたり、
やりたいことはなんでもやらせてあげたいと、自分の洋服を何年も買わず私達3兄弟の習い事費に当てたり、
そんな母には感謝しかありませんが、私が唯一欠点だと捉える一面がありました。
それは「他所の子供と違うと障害や病気の可能性があるかもと酷く不安になる」事でした。
当時、小学校5年生になる弟が国語の漢字ドリルのマスから漢字をはみ出して書いているのを母は発見します。
どうしてマスの中に納められないのか悩んだ母は私に「弟は読み書きの苦手な失語症なんじゃないか」と相談してきたのです。
私は今だけかもしれないよ、と気休めな言葉をかけると共に内心
「どうして自分の子供を障害があると考えるんだろう」
と中学生ながらに思いました。
当時、中学生の私も高校生の兄も引きこもり生活を送っていた為に母は育児に関して大変悩んでいたんだと思います。
兄にも「障害があるかもしれない」と言い始め、そうなるともう、私も障害があるんじゃないかと言われている気持ちになり、とても不安だった事を覚えています。
今思えば当時一番不安定だったのは母だったのだと思います。
上の子供2人が引きこもり、下の子は失語症の可能性有りで、そりゃめげると思います。
怪しい霊感商法に頼ったり
カウンセラーを転々と受けていたのもこの時期です。
この辺りから私も自立し始め、何事もよく考えるようになり、母の良き相談相手であろうとしました。
幸い私は高校デビューを果たして人生を一変させる事に成功します。
そこから私と母の関係はちゃんとした親子の関係が結べていると思っています。
困ったときは直ぐに伝えて、甘えたい時は全力で甘えられていますし、他の兄弟も同様に母が大好きだと思います。
母の人柄ですが、
母は3姉妹の長女です。
ただ、長女らしからぬおっとりさのある女性だと思います。
長女はちょっとキツかったり、我が強い部分があると思いますが、逆にややおっとりさんだなと、娘としては感じています。
バイタリティー溢れる瞬間は確かにキビキビとしていますしケンカになれば火山が噴火したような人間にもなってましたが、それ以外は雲みたいにふんわりした女性でした。
包容力とはこの人の事を言うんだろうなと
今でも手本にしています。
私が中学生の頃、学校へ行けなくなった理由を母に話すと、全力で学校と話し合いなんとか戻れる様にと尽力してくれました。
残念ながら戻ることは叶いませんでしたが、その代わり、高校に進学出来るように道筋を立ててフリースクールへ通わせてくれました。
母は私に対して、諦める事を決してしなかった。
もしあそこで匙を投げられていたら多分私は実家に一生戻らなかったでしょう。
そう言った信念や、芯の強さのある素敵な女性が私の母です。
次回は弟についてお話しようと思います。
前回の記事はこちらから。