備忘録555

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思いついた事を書く自由帖的な

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久々にゲームをやったのですが、難しい、そして面倒くさくなる。
分かった事が、ゲームの種類がどうという事ではなく、ゲーム全般興味が無くなっている事が分かりました。「ゲームみてーな子供クセー事は卒業だは」という事ではなく、単純に反射神経が落ちたという事実を認識したのです。

 

最近は人間関係で悩まされてました。色々と関係改善を試みたのですがなんとも・・・
このような問題は、基本的に一方が悪いとは私は考えていませんので自分にも非があるとは思っています。

 

しかし、実は前から思っていた事ではあるのですが、世の中には分かり合えない存在はいるという事です。分かり合うにしても、その行為は両者が歩み寄らないと無意味です。一方がそれを拒否した段階で成り立ちません。それは、友人関係、恋人、家族なんかでも同じでどちらか一方がその関係性を拒否した段階で成立しません。

 

んで、私が抱えている問題は両者が歩み寄るという感じではありません。

 

私はこのような状態の有効な対処の仕方が分からないので、そんな時はもう関係を切るという方法が自分には一番楽です。
が、現実でこれを実践するのは中々難しいです。

 

新たに自分について分かったのは、やはり他人と関わるのはあまり好きではないのかもという事です。

 

ドイツの哲学者、ショーペンハウアーの寓話を元にフロイトが論じ、精神分析家のベラックが名付けた「ヤマアラシのジレンマ」(「自己の自立」と「相手との一体感」という2つの欲求によるジレンマ)というものがあります。
暖かさを求め近づくヤマアラシ達ですが、近づきすぎるとお互いのハリで互いを傷つけあい、離れすぎると寒さが襲う。これを繰り返す内にお互いの適度な距離が分かるというものです。
詳しくはウィキペディアなどを参照して下さい。

 

現実の社会では基本的に人間は「認められたい」と思う生き物ですが、社会と交わらなければこれは実現できません。しかし社会との一体感を重視しすぎると自分の存在が薄まり、自分の存在を強くしすぎると社会との一体感の無い、いわゆる社会性が無い人になります。
人はこれのちょうど良い所を探すわけですが、これが非常に面倒くさい作業です。

 

自分は最近これがまさに非常に面倒くさく感じてしまい、これらの構築を無理にやらないでもいいかもと感じる事が強くなっている気がします。難しい、そして面倒くさくなる。でもそういうわけにもいかない。最近はこれのループです。どうしたらよいもんか。

 

そんなこんなで師走ですが、もう師匠もゴールするではありませんか。もう来年どうとか未来について考えるのは止めます。蕎麦は食べます。たぶん。