まだ生きています。

昨年はさんざんでした。

OZZYがなくなって 完全に抜け殻

 

その後叔父がなくなった。

ショックが大きかった。

叔父とはもう一度話をしたかった、叔父の話はいつも楽しく

なんでこんなに楽しく話をできるのだろうと。まぁ。ある分野では有名な人でしたが、

 

晩年は葬式でしか会う機会がなく、もう一度あいにいって話をしたいなという矢先

 

 

私はこの日のブログから止まったままです。

まぁこのあたりから旧急速に頭がおかしくなってる

生涯2度目の辞表も拒否されたのはもうかなり前の話

この日の会議の録音をずーっと探してましたが。答えは書いてあった

 

さて、時効というのはわかってますが。。。

わいのやってきたことについての報酬はないわけで

まぁ特許、実用新案、意匠 

 

会社のものだと思ってたのが丸っと変わったのは、2年前

権利について法律があるんですね

弁護士に迷った挙句相談しましたが時効との話

 

知らないお前が悪いくらいに言われましたが。。。

なら人を〇してもしらなきゃいいのかと思ってしまう

わい

 

Aiは100%時効は知った時点に移るとの答え

ここ数度この問答を繰り返しています

 

私の仕事は、社内では知っているものがいません

まぁ、1人いたんですが数年前 定年退職。恨みまくってました。

昨年亡くなったようです

 

まぁどうでもです。一回は死にますから。合掌

 

私の立ち位置はかなり特殊だということはわかりました。

 

 

鬱(公式には鬱という診断はもらってません)になるとまったく集中力がありません。

なので、言動と行動がまったく伴わない。

 

会社側には権利の件言いましたが、債務はあるけど。。。。で

一年、会社側の連中は知らん人ですw

 

AIと人間どちらが正しいのか?

複数のAIで試しますが時効は成立していないと

まぁ閉鎖的な商流ができている業界

公にでて負ければ無傷ではすまない。

会社側と社員側、社員側にたつ弁護士はそうはいないんだと

とはいえ左によってる労組系に近寄るのは勘弁

 

債務があるといった記録はあるんで

これについては私が切り出した話ではないので

 

終活をしつつ、動きます。

と書いたところでAIと人間どちらが正しくものを導けるのか?

リミットは近い。

 

実は終活もいっこうにすすんでいない。

 

いまだにOZZYが居ないって事実を受け入れ作業中

こみあげてくる。

 

OZZYを最後に見たのは2010年10月13日

この日は LET’S THE MADONESS BIGINSでなく

LET'S GO  CRAZY で始まった。

 

 

もう15年も前になるんだな。

あの日の光景は今もよく覚えている。

 

 

 

OZZY OSBOURNE  

LEMMY KILMISTER

GEORGE MICHEAL

 

これが大好きな3人

 

皆、いなくなってしまった

LEMMYだけは見れなかった

 

ブログを始めたのは2010年

急速に自分がおかしくなり、体も調子が急に悪くなったころ

このころ何を考えてたかはもうわからないのだが

違う方向へ向けようと考えてたのかもしれない。

 

LOUD PARK10にも行こうとは思ったんだがもう。

知らない場所に出ればパニック で、足がいうことをきかない

フェスなど所詮無理な状況だった。

今思えば今より全然いいので行けたろとも思う。

傍らにはこの頃手に入れた

LEMMYとOZZYのサインが入った色紙があるけど

本物かしらん(そのことはどうでもいいんだ)

 

確かこの後のOZZYは全部フェスで泣く泣くあきらめた

BLACKSABBATHもだ 長時間立ってるのはむつかしい

 

 

 

 

1989年ヘビメタにくるった友人からtributeのテープを渡された

OZZYの音楽との最初の出会い 

カルビナブラーナから始まる I don't Know  の最初のリフでやられた

で、ライブいかないか?と 即決だった。

OZZY OSBOURNE まったく知らなかった。

実はこのライブを見る前の週 同じ場所でCinderellaを見ている

このころ、たぶん貪欲にいろいろ聞いていた。

ヘビメタ好きの友人に聞かされていたっていうのが正解か?

(この友人は、卒業以来まったく連絡をとっていない)

で、カルビナブラーナがかかると、反射的にOZZYのライブがくるぞってなるようになった

 

曲も知らず、どんな人かも知らずライブを見た。相当の衝撃だった。

 

メンツは

故OZZY、ZAKK、GEEZER、故RANDY(カスティロ)

ZAKKを見た衝撃でギターを手にするんだが(すぐに挫折)

 

この後にTributeのテープ RANDY RHOADSは すでに亡くなっていて

と後に知ることになる。ギターは新しいギターZAKK WYLDE

そこで、ふいに思い出したこと出来事が、

幼いころ?誕生日にニュースでミュージシャンが飛行機墜落で亡くなったってニュース

あれがランディだったんだって知ることになった

お袋に誰ってしつこく聞いたんだが 知らないって冷たく返された(知るわけもない )

変な縁だね。

 

 

で、数年後 学校のクラブにでも入ってもう一回ギターをってなるんだが

まぁ 周りがうますぎてケチョチョンケチョンにされた3年

無理もない、先輩、後輩 両手ほどが音楽で飯食ってる・・・

音楽学校ではないだが。。。

まぁギターを持つようなったのはZAKKを見た影響が強く

弾きたいのはRANDY RHADESをZAKK どちらも無理w

 

OZZYの曲なんて到底無理と思いながら

BLACK SABBATH  MOTORHEADこのあたりをって方向ってことで

少しだけBANDめいたことを学校でやっていた。

 

たまたま最後のOZZYのライブの日(2025.7.5)

この日は約〇0年ぶり昔の仲間に会う日だった

調子も悪く相当前から体には気を使っていた(飲酒をを除く)

この会はクラブのビデオをDVDにしてって企画されたもの

わいは最後に人前でBANDをやった映像がここにある。

全部BLACK SABBATH だった

変な縁だ

 

朝、その日のOZZYのライブをyoutubeでチェックしつつ

昔の友人あった、まぁ最後かもと思いつつ

バカ話をしつつ昼から深夜まで 

 

あの日のOZZYの映像を見て少し安心をしたのは確か。

 

正直、OZZYを人間として見てない自分があり超人で死なないと

わかってはいるんだけど そう・・・・思いたいわいが居た

 

Prince OF darkness

このイメージだったけど

 

いつもOZZYは両手でピースか手の平を出してる

で、I LOVE YOU とMCをしてた。

デビルサインは客。

 

まぁ中指は 笑いながら だしてるけどね。

 

家族全員を知ってる外国の芸能人っているか?

OZZY ってそういうキャラだった。

 

最後のアルバムだっけかな?

最後のほうのアルバムはなんか 

俺もう終わるからねって思わせる曲があり、やっぱ人間かとも思ったり

それを聞いて心が震えたり泣いたりだった。

後にも先にもそんなことは覚えがない

 

まぁかなりぶっ飛んでたのは間違いない人なんだが

人間的にOZZYが好きだったんだねわい

 

 

THANK YOU  

GOOD NIGHT

WE LOVE ALL

 

そんなこと言える人間になれればいいね

最後でいいから

 

 

今は、またギターを始動

右手は完全には動かないけどね。

SABBATHの曲を 

 

完コピなんてしないの 

感ね

 

覚えらんねぇ今の頭

思い出せねぇ今の頭だけど・・・・

でも楽しいんだSABBATHの曲

 

そういえば 

トニーアイオミにはあったことがあるんだよな。

あれも1989年か?

声かけたけど、周りに阻まれ。

相当、塩対応であったが。。。

握手はしてくれたよな確か?記憶がねぇけど

指がね ほんとにね、プラスチックがついてた

 

 

棚にはOZZYのレコードを出して飾って

いまだ毎日眺めてる。

うちの家、どこ見てもOZZYだもんな

少し片づけたほうがいいのかなと思いつつ

 

頭が、相当バランバランで

飲んじまってるから

またそのうち

少ずつ整理しよう

 

 

 

 

OZZYが亡くなった。

 

7月5日のライブを見たときにも

もう、長くないかもとは思った。

 

どんなに辛くもう、無理だと思った時でさえ

オジーより長く、、、生きよ 

これが一応の命であり、ただ失いかけているときもある。

わいの命は相当軽い・・・

 

 

唯一の支え無くなった。

僕はまだなんとなく生きてる。

オジーのいない世の中で生きてくなんて考えてもなかった。考えたくもなかった。

 

 

心の整理をして落ち着かないといけない。

 

出会いは1988年暮れか1989年初頭だったかな?

 

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