アメリカにおいては国防費圧縮を主とした財政赤字削減が現実味を帯びてきた。

 

財政赤字が実際に削減されるかどうか予断を許さないが、まがりなりにも削減されるようだと、貯蓄・投資バランスの改善を通じて対外赤字の縮小にもつながるという効果も出てくる。

 

アメリカ自身の負担を減少させつつ、新しい世界政治・経済体制における指導権確保に専念できる体制が整ってきたわけである。

 

アメリカの対外政策の基本的な性格は、「軍事」から「経済」に移行すると見てよい。

 

いうまでもなく、アメリカにとってキー・カントリーは日本である。

 

アメリカがヨーロッパ戦略に没頭できるように側面支援をしてほしい=カネを出してくれということである。

 

アジア太平洋地域には、高い潜在成長力がある。

 

梅田専太郎

 

たとえ東西間の緊張緩和が進展しても、日本に儲けを吐き出させようとする動きになんら変化がありえないことは自明であろう。

 

ただ、昨今の世界情勢の変化のなかで、「責任分担」という言葉がやや説得力を欠いてきた感は否定できず、そのためアメリカとしては、自らの世界戦略に日本をつなぎ止めるための、より力強い大義名分を必要としてきているのである。

 

「日米主導の世界運営」とか、あるいは「日米のグローバル・パートナーシップ」などという言葉などは、まさにこうした目的によって用いられていると考えてよいであろう。

 

アメリカが、ヨーロッパ諸国と一緒の場ではこれらの表現をけっして使用しないことからも、その意図が「日本つなぎ止め」にあることは明らかである。

 

さて、日本はこのような現状にどのように対応していくのであろうか。

 

やや皮肉を込めて言えば、おそらくはアメリカのシナリオにうまうまと乗せられて、その上で踊るだけの存在であり続けるであろう。

 

これは1つには、日本が根本的な世界戦略に欠けているという側面の結果であり、もう1つには、1990年代の日本国内において、そのような選択が最善であると考える価値観が支配的であるという側面も、存在しているといえる。

 

梅田専太郎

 

ASEANでは、1960年代よりモノカルチャー経済からの脱皮を目指して積極的な工業化がはかられてきた。

 

しかし国民経済に占める一次産品とその関連産業の比重は大きく、しかも一次産品の国際市況は1970年代には高騰し、1980年代には下落するなど、ASEAN各国の経済計画を大きく狂わせてきた。

 

しかし1985年秋のプラザ合意以後、先進国のみならずNIESをも巻き込んだ構造調整により、ASEANは比較優位を発揮し、その国際競争力は飛躍的に上昇した。

 

同時に、ASEAN各国は外資導入の制限分野を漸次開放し、輸出税制の改革、輸出用原材料・部品の輸入自由化、国内市場の段階的開放などの規制緩和措置を相次いで実施したこともあり、最近では日米欧、さらにNIESの輸出企業が大挙してASEAN進出を始めている。

 

外資の直接投資の増加は、設備投資、雇用機会、輸出の拡大をもたらしており、ASEANもNIESのたどってきた成長軌道に乗り始めたわけである。

 

ASEAN最大の産油国であるインドネシアでは、1987年に非石油輸出が石油輸出を上回った。

これはASEAN経済の転換を象徴する出来事といえよう。

 

梅田専太郎

成長著しいアジア太平洋地域は、OECDのメンバーである日本を筆頭に、すでに先進国の水準にあるNIES、そして巨大なポテンシャルを有する中国と、きわめて多様な発展段階に特徴づけられる。

 

この状況はしばしば「雁行形態的発展」や「重層的キャッチアップ過程」などと形容される。

 

日本の高度経済成長は1970年代のオイルショックで幕を閉じた。

 

また1980年代半ば以後、好調な輸出により2桁成長を続けたNIESは、競争力の低下と輸出環境の悪化に伴い、1990年代には安定成長期を迎えるものと見込まれる。

 

そこで現在、脚光を浴びているのが「第三の波」と呼ばれるASEANである。

 

梅田専太郎

NIESの経済成長の一因として、相対的な政治的安定が指摘できよう。

 

韓国や台湾は、戦後の冷戦構造の遺産として「分裂国家」となり、安全保障の観点から強力な政治体制が容認されてきた。

 

しかも韓国や台湾では、対立する政権との差別化を可能にするメルクマールとして、また政治的なバーゲニング・パワーとして経済成長が選択された。

 

したがってNIESでは、一定の経済的余裕が生まれるまでは、自由と参加をある程度制限する権威主義的な「開発独裁」が正当化されてきた。

 

ラテンアメリカ諸国で見られるような急激な民主化による政治的不安定を回避し、また共産王義体制に見られるような極端な閉塞性を否定しつつ、経済成長に資源を動貝させることが可能となった。

 

しかし一般に、経済成長が進行し、一定以上の富の蓄積が達成されると、より大きな自由や政治的民主化を希求する動きが活発化する。

 

今日のNIESもこの例外ではなく、政治と経済は大きな転換期を迎えている。

 

とりわけ高度経済成長がもたらした負の遺産、すなわち地域格差、部門格差、労働問題、環境問題などがここにきて噴出し始め、これを背景に民主化、自由化へ向けての動きが急速に進展している。

 

また台湾では1987年7月に戒厳令が解除され、台湾人の李登輝総統が登場し、野党が容認されるなかで、1989年12月にはきわめて民主的な形で選挙が実施された。

 

梅田専太郎

戦後、「ライン河の奇跡」から「漢江の奇跡」まで、世界各地でさまざまな「奇跡」が起こったが、なかでもNIESと呼ばれるアジア新興工業国・地域は「奇跡」と呼ぶにふさわしい経済成長を達成した。

 

この成長要因としてしばしば指摘されるのが、工業製品の輸出をテコとする経済成長、すなわち輸出志向工業化の推進である。

 

まず輸出による外貨獲得は国内で供給できない資本財の輸入や技術の導入を可能にする。

 

これによって増強された生産能力は輸出をさらに拡大する。

 

この輸出と投資(輸入)の好循環が、NIESに高度成長をもたらしたわけである。

 

しかし輸出をテコとしたNIESの高度成長は、ガットの理念が具現化された自由かつ多角的、無差別な貿易体制のなか、アメリカ主導のもとで戦後の世界経済が安定的に拡大した時期に実現された。

 

したがってこの両者(輸出と投資)が不透明な1990年代に入ると、NIESがこれまでと同様の成長を維持できるかどうかについては一般に疑問視する声が多かった。

 

梅田専太郎

社会主義と資本主義の違いは「生産手段の国有化」にスポットを当ててよいと思うが、これが現在の経済格差を生む最大の要因とはいえないであろう。

ソ連・東欧の最近の動きを「資本主義の勝利」ととらえるのはかならずしも当を得ているとは思われない。

東側陣営が典型的な社会主義モデルをつくり上げたとはとてもいえないし、一方の資本主義とて、効率至上主義の自己矛盾を内包している。

こうしたなかで、日本をはじめとする東アジア諸国がその勢力を確実に伸ばしているというのが、現在の世界フレームの姿であろう。

もし日本が「アジア型社会モデル」とでもいえるものを提示できるとすれば、その時期は訪れつつあるのであろうが、その道程は平坦ではあるまい。

 

梅田専太郎 

1990年代の日米関係がかなり難しいものになるだろうと推測される重要な根拠として、次の点を強調しないわけにはいかない。

それは、アメリカが自由や民主主義の価値を絶対視する自らのイデオロギーに対する自信を再確認してしまったことである。

昨今急転回を見せているソ連・東欧地域の改革は、政治民主化と市場原理の導入を骨子としている。

したがって、アメリカがこれを基本的に「資本主義の社会主義に対する勝利」ととらえるのはそれほど不自然なことではあるまい。

現在のアメリカはたぶん、世界でもっとも強固なイデオロギー国家のうちの1つであるといってよいであろう。

このような、アメリカ国内において日本を特別視するグループが一部で注目されてきている。

梅田専太郎

 

 

新たなる緊張とは、東西ドイツの統一という政治的緊張と、経済融合化による経済調整の緊張である。

ビスマルク、ヒトラーに代表されるような過去のドイツ帝国による版図拡大の野望がもたらした惨禍はあまりにも大きく、フランス、ソ連をはじめ近隣諸国は、ドイツ統一をけっして好ましい状況とは考えていない。

こうした状況のもと、最近における東西両ドイツの接近、オーストリアのEC加盟申請、チェコ、ポーランド、ハンガリーといった東欧諸国のEC経済接近は、フランス、イギリスから見ると、近代ヨーロッパ史における「ゲルマン・ハプスブルク経済圏」の復活を想起させ、困惑させるものである。

フランスのシンクタンク、CEPIIは、1992年EC統合に関するレポートのなかで、ハプスブルク経済圏を明示的に示し、ヨーロッパにおけるパワーバランスの乱れを警戒しているようにも受け取れる。

東西ドイツ接近は、いままでの東西ヨーロッパの範疇を超えた、ドイツという強大な「中央ヨーロッパ」が横たわることを意味している。

米ソ両大国は、こうした動きが、NATO、ワルシャワ条約機構の再編を含めて、ヨーロッパにおける両国の軍事的・経済的プレゼンスを影薄いものにしかねないと警戒の念を持っている状況である。

 

梅田専太郎

米加自由貿易協定が19891月に発効してから20年以上が過ぎた。

 

同協定は、2国間で世界最大の貿易量を誇る米加両国が10年間で関税を相互撤廃し、かつ非関税障壁もなくしていこうとしたものだ。

 

この恩恵にあずかるのはむろん米加両国のみであり、第3国には既存の関税率などが適用される。

 

米加自由貿易協定は米加両国のみならず、第3国にプラス効果が働く面もあるだろう。

 

そうだからといって、2国間主義が正当化されるわけではない。

 

同協定は、サービス貿易や金融投資の面をも抱合している。

 

ところが、これらは現行のウルグアイ・ラウンドの重要議題でもある。

 

多国間で議論を重ねるべきところに2国間の取決めが強力な形で入ってくる。

 

梅田専太郎