こんばんは。
元旦に東京の友達夫婦が松陰神社へ初詣に行ったそうです。
その時買ったお守りを見せてもらいました。

吉田松陰直筆の『志』という文字が刺繍されていましたよ。
吉田松陰(よしだしょういん)
簡単に説明しよう!
長州藩出身(今の山口県)、生きた時代は幕末。
頭がよく先見性のあった思想家、教育者。
好奇心旺盛だった松陰はペリーの黒船に乗り込み、海外で学ぶため密航を試みるがあえなく失敗。
松陰の私塾、松下村塾(しょうかそんじゅく)では、高杉晋作、久坂玄瑞、吉田稔麿、伊藤博文などが門下生として学んだ。
しかし松陰の思想はやがて幕府によって危険分子と見なされ、斬首の刑(打ち首)に処された、享年30歳。
オレのイメージでは、幕末に活躍した人達に多大な影響を与えた人物、それが吉田松陰です。
そんな松陰の辞世の句(この世を去る前に詠む句)がとても心に沁みたので紹介いたします。
門下生たちに宛てた辞世
『身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留置かまし大和魂』
(現代訳)私の命がたとえこの武蔵野の野で終えることになっても、日本国の未来のために自分の大和魂はここに留めておこう。
こちらは家族宛の辞世
『親思ふ心にまさる親心けふの音信(おとづれ)何と聞くらむ』
(現代訳)子が親を思う気持ちより、親が子を思う気持ちの方がはるかに大きくて深い。私が死んだ事を知ったら親はなんと思うだろう。
松陰の国を想う思想家とは別の一面が表れた句で、読んだとき目頭が熱くなりました。
それと松陰の死生観にも感銘を受けたので紹介致します。
『私は行年三十である。目標を達成することなく世を去るのは、穀物が実らずにおわるのに似ているから惜しむべきなのかも知れない。しかし私は身をもっていうが、これもまた私には実りの秋なのだ。
十歳で死ぬ者は十歳の中に四季を持ち、二十歳で死ぬ者は二十歳の中に四季を持っている。わたしも三十歳の中に四季の移ろいを経て、結実の時を迎えた。
実ったのがクズ米なのか粟なのかはわからないが、もし同志たちが微衷(私の心)を継いでくれるならば、種子は絶えることなく、私の一生は豊作だったということになるだろう。同志たちよ、これをよく考えてほしい…』
長かろうが短かろうが、人はそれぞれの人生の中にそれぞれの四季を持っている、そして完結の時を迎える。
いいこと言うな…
死を肯定していく松陰の死生観が伺えます。
自分の信念に生きた吉田松陰。
いつかオレも松陰神社に行ってみたいと思います。

オレ、昔の人の辞世の句や死生観を読むのがけっこう好きなんです。
他にも豊臣秀吉や細川ガラシャの辞世の句も好きなので、またいつか紹介したいと思います。