タイトルの件について思うことがあり、暇な時間もあったのでいろいろ考えてみた。
お金に裕福な家庭で毎週毎月の様に都内に遊びに行くことが出来たり
毎月お小遣いを多額にもらっている様な人であるなら3000円未満のお金なら別に苦でもないでしょう。
そんな人が本気でなくてもお金さえ払えば本気だと考えてしまっているのでしょうか
毎月厳しい生活の中、家族の努力により大学に行かせてもらい、当人も毎月バイトをし家にお金を入れ自分の自由になるお金がなく
それでも本気度があるけど交通費だけでも厳しい人がお金を払えないだけで本気ではないと考えてしまっているのでしょうか
それはつまり会社都合で解雇してもお金持ちなら会社に対してあまり揉め事を起こさないとの判断なのかな?
これを考えは素晴らしいとでも思って発表した人の真意はわかりませんが、色々な意図があるにしろお金を判断基準にするのは良くないでしょう。
お金でしか本気度がわからないのでしょうか?
お金以外でも考えれば他にも方法が出てくるとは思います。
それでもあえてお金を基準にすることが一番の正解だと思ってしまっていることが残念で仕方ありません。
一石を投じるのは良いですが、悪しき慣例となり全ての会社が同じことを行ったらどうなるのか、
学生でもわかる単純な論理ではないだろうか。
お金を払えるから本気というのは短絡的かつ愚劣な考えとしか思えないです。
エントリーが多くて選考に時間がかかり人件費もかかり負担なことはわかります。
でも、本来人数を増やしてより良い人を求めたのも企業側ではないでしょうか?
そして今度は人が集まりすぎるから人事が作業を減らすための対策を考えることも必須だったことでしょう。
では、その時何を考えるべきか、
エントリーしやすい環境が悪いと言うならそこをまず改善しないことには話にならないでしょう。
そもそもネット環境もいまどき当たり前ではるけど、ネット環境がないことが本気度がないともいえないはず、
何があるから本気とか何がないから本気ではないとか、その判断基準を考え実践し人事も含めて経費を減らす努力をするのが人事の役目ではないだろうか。
その考えもせず単純にお金というのは発想力の貧困さを自ら示しているようでなりません。
もし、非常に長時間かけ沢山の人からの意見を聞き試行錯誤の末の結論がお金だったとしたら・・・
【茨城県の取手】辺りからの片道800円程度の人は無料
【千葉県の館山】辺りからの片道2500円程度の人が有料
これに対して違和感を覚えない人は皆無ではないだろうか
同じ地域だったとしても、
お遊びでもお金に余裕がある人→お金を払う=本気な人
本気だけどお金に余裕がない人→お金を払えない=遊びな人
との決めつけとも言える
これに正論で反論出来る人がいるんだろうか・・・
投じた一石が悪しき風習にならないことを切に願う
そして、この企業に勤めるすべての人が同意見ではなく疑問に思いつつも辞めることも出来ず働き続ける人も被害者であると私は思う。
お金に裕福な家庭で毎週毎月の様に都内に遊びに行くことが出来たり
毎月お小遣いを多額にもらっている様な人であるなら3000円未満のお金なら別に苦でもないでしょう。
そんな人が本気でなくてもお金さえ払えば本気だと考えてしまっているのでしょうか
毎月厳しい生活の中、家族の努力により大学に行かせてもらい、当人も毎月バイトをし家にお金を入れ自分の自由になるお金がなく
それでも本気度があるけど交通費だけでも厳しい人がお金を払えないだけで本気ではないと考えてしまっているのでしょうか
それはつまり会社都合で解雇してもお金持ちなら会社に対してあまり揉め事を起こさないとの判断なのかな?
これを考えは素晴らしいとでも思って発表した人の真意はわかりませんが、色々な意図があるにしろお金を判断基準にするのは良くないでしょう。
お金でしか本気度がわからないのでしょうか?
お金以外でも考えれば他にも方法が出てくるとは思います。
それでもあえてお金を基準にすることが一番の正解だと思ってしまっていることが残念で仕方ありません。
一石を投じるのは良いですが、悪しき慣例となり全ての会社が同じことを行ったらどうなるのか、
学生でもわかる単純な論理ではないだろうか。
お金を払えるから本気というのは短絡的かつ愚劣な考えとしか思えないです。
エントリーが多くて選考に時間がかかり人件費もかかり負担なことはわかります。
でも、本来人数を増やしてより良い人を求めたのも企業側ではないでしょうか?
そして今度は人が集まりすぎるから人事が作業を減らすための対策を考えることも必須だったことでしょう。
では、その時何を考えるべきか、
エントリーしやすい環境が悪いと言うならそこをまず改善しないことには話にならないでしょう。
そもそもネット環境もいまどき当たり前ではるけど、ネット環境がないことが本気度がないともいえないはず、
何があるから本気とか何がないから本気ではないとか、その判断基準を考え実践し人事も含めて経費を減らす努力をするのが人事の役目ではないだろうか。
その考えもせず単純にお金というのは発想力の貧困さを自ら示しているようでなりません。
もし、非常に長時間かけ沢山の人からの意見を聞き試行錯誤の末の結論がお金だったとしたら・・・
【茨城県の取手】辺りからの片道800円程度の人は無料
【千葉県の館山】辺りからの片道2500円程度の人が有料
これに対して違和感を覚えない人は皆無ではないだろうか
同じ地域だったとしても、
お遊びでもお金に余裕がある人→お金を払う=本気な人
本気だけどお金に余裕がない人→お金を払えない=遊びな人
との決めつけとも言える
これに正論で反論出来る人がいるんだろうか・・・
投じた一石が悪しき風習にならないことを切に願う
そして、この企業に勤めるすべての人が同意見ではなく疑問に思いつつも辞めることも出来ず働き続ける人も被害者であると私は思う。