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「ゼロ葬」

仏教上の観点から、一番よろしくない葬式。

無縁仏以上に質の悪い身内切りのような埋葬のようだ。

 

社会経済を考えれば、低賃金で時間もない人が多くて、

SNSで自分の時間をしっかり結びつけようとする人も居る中で、

家族や親族に気にかけれる時間や余裕はない時代ではある。

気にかけれる家族や親族が居れば、

それは今後、社会が根本から変わらない限りは珍しくなると思う。

 

カルマの考え方からすれば・・

「誰でもよかった系の事件」と方向性が似ていて、

誰かの時間を取ろうとして自分が楽をし始めたら、

時間を奪った人に時間を返さないといけないから、

人生の時間が相殺されて「ゼロ」の状態になる流れが見える。

「ゼロ」は人生の積み上げた実績ではなく、純粋な時間が相殺される。

あの世が「逆流の世界」なら・・時間も戻る。

時間を返して、時間も戻れば、その人の人生がなかったことになる。

そういうイメージで言えば「ゼロ葬」は奈落よりも怖い。

 

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」(読んでいないが・・)

この地獄の場面で、糸が垂れるところがあるが・・。

 

前に書いた、この解釈からすれば・・

天界から垂れた「蜘蛛の糸」の正体は「ハレー彗星」であるかもしれない。

 

芥川龍之介の生没年が1892年3月1日~1927年7月24日。

明治時代のハレー彗星は1910年。

「蜘蛛の糸」の初出は1918年らしいが、作り始めは私の調べが浅くわからない。

作りかけの話はもっと前に出されていたかもしれないが・・。

 

宇宙は「あの世」で言えば「地獄」なので「彗星の尾」が地球に近づくことで、

「蜘蛛の糸」の正体で、接近はするが遠ざかるみたいなところで、

接近した時の物体は大きくなる部分が大勢の人がしがみ付く様子につながり、

遠ざかった時に糸が切れるシーンにつながる。

ハレー彗星のドロップ型の向きが逆となっていても、

「彗星の尾」の見えない部分に人の魂が重なって見えないとも捉えれる。

「あの世」で地球を「天界」だと捉えれば、もどかしさは繋がる。

地球が天界でも物事は反転するので、地球の空が天界で、地球の地上は別。

 

なくはない話ではありそう。

もっと昔もハレー彗星は接近しているようだから、

その着想で海外の作品もそういう展開をさせていたのではないかとも思える。