第3章 優生学とは何か
http://homepage2.nifty.com/etoile/hansen/03eugenics.html
より引用、注釈



1859年イギリスの植物学者チャールズ・ダーウィン"Charles Robert Darwin" 氏は初めて、その著書『種の起源』の中において生物の進化が「淘汰(=自然選択)」により引き起こされていることを発表した。
彼は、周辺環境により生物が淘汰されることにより、より自然に適応した生物のみが生き残り、それが繰り返されることで種が進化すると主張したのである。
この考え方は彼の従弟であったフランシス・ゴルトン"Francis Galton" 氏に受け継がれる。
 ゴルトンは1883年『人間の能力およびその発達の研究』という本の中で初めて優生学"eugenics" を提唱し、人間に淘汰の考えを初めて持ち込んだ。
この考えはさらにアルフレッド・プレッツ"Alfred Ploetz" 氏とウィルヘルム・シャルマイエル"Wilhelm Schallmayer" 氏に受け継がれ、1895年プレッツにより『民族・社会生物学雑誌』が創刊され、また1905年にはドイツに「民族衛生学会」(註:民族衛生学とは優生学と同義。)が設立される。
 優生学が学問としての体制を整えることとなったのはシャルマイエルによる貢献が非常に大きい。
彼は1903年『遺伝および淘汰の社会的・政治的意義』という優生学における初めての大規模な論文を書き上げ、淘汰の考え方を人間に直接応用し、ここに優生学が誕生するのである。



優生学を「ある人種"race" の生得的質の改良に影響するすべてのもの、およびこれによってその質を最高位にまで発展させることを扱う学問である」と定義し、その活動を「遺伝知識の普及、国家・文明・人種・社会階層の消長の歴史的研究、隆盛を極めている家系についての体系的な情報収集、結婚の影響の研究」とした。
(中略)
彼(ゴルトン)の死後、優生学は遺伝的視点に立った考え方を持ち、精神障害者・てんかん患者・知的障害者らの産児制限"birth control" ・隔離"quarantine" ・断種"sterilize" が必要との思想を打ち出すようになる。
なお、優生学の行動には積極的優生学と、消極的優生学の2つの方法があり、それぞれ次のようにまとめることができる。


A)積極的優生学(=出産増加的優生学・選択的優生学)
出産を増加させ、淘汰を最大限に活用する(つまり、病気や飢餓、戦争の際に死に行く者を放っておく)。
これにより優生学的に優れた者の出生率を増加させ、人種の優生を保とうとする。

B)消極的優生学(=出産減少的優生学・消去的優生学)
精神障害者・てんかん患者・知的障害者・視覚障害者・ろうあ者・重い遺伝病患者らに
産児制限・隔離・断種を行い、その遺伝を断ち切る。
このことにより、優生学的に優れた者のみを残し、人種の優生を保とうとする。



ドイツにおいて1919年に結成されたナチス党"Nazis" (正式名称:国家社会主義ドイツ労働者党)は、ヒトラー"Adolf Hitler" の下1933年に政権を握り、同年7月14日、断種法が成立・公布されている。


遺伝性疾患子孫防止法 (第1条)
 1 遺伝病者は、医学的な経験に照らして大きな確度をもって、その子孫が重度の肉体的・精神的な遺伝疾患に悩まされることが予想できるときは、外科的不妊手術(断種)を受けることができる。
 2 本法にいう遺伝病とは以下の疾病の一つに患った場合をいう。
   1.先天性知的障害 2.精神分裂病 3.周期性精神異常(そううつ病) 4.遺伝性てんかん 5.遺伝性舞踏病(ハンチントン舞踏病) 6.遺伝性全盲7.遺伝性ろうあ 8.重度の遺伝性身体奇形
 3 また、重度のアルコール依存症である場合も断種できる。

 

この法律が成立する背景には、世界恐慌の痛手から脱出できないドイツの経済状況から、1932年1月にプロシア州議会で「遺伝による身体的もしくは精神的な障害をもつ者のために財政が圧迫されているとの認識から、福祉コストを削減できる何らかの措置を早急に講ずることが必要」と決議されたことが大きい。
(中略)
1939年9月1日のドイツのポーランド侵攻により第二次世界大戦が勃発するが、その2ヶ月ほど前、成人障害者に対する「安楽死」がヒトラーの命令により検討され始める。
ナチスの安楽死は「優生思想と経済負担の軽減」をモットーに計画された。
これは「国家が、(障害者という)無能な人々を余計な苦労をしてまで生かしておくために莫大な費用を投下し、そのため健康者の医療が貧弱になりかえって多くの犠牲者が生まれている」との考えがはたらいていた。



第二次大戦後の日本においても1948年、優生保護法が制定(優生保護法については第4章を参照願う。)されたほか、1970年代にも兵庫県や神奈川県を中心に、計42都道府県において「不幸な子どもを生まない」「健康な子を生む」「陽の当たる子育成」とのスローガンのもと優生政策が行われている。
 その政策を引きずっているわけではないのだろうが、妊娠中の母親が最も願い、出産後真っ先に聞く質問は、聞くところによれば「赤ちゃんに障害がないか」であるという。
事実、ほとんどの親は妊娠を知った後、「男の子が良い」あるいは「女の子が欲しい」と一度は願うものの、最終的には「五体満足で元気な子が欲しい」と願うだろう。
『日本脳性マヒ者協会「青い芝の会」(1982年11月3日発足)』をはじめとする多くの障害者がこの思想こそが「内なる優生思想」であるとして批判する。
内なる優生思想とは、以前からある「優生政策=外なる優生思想」に対する新しい優生思想である。「現代の優生思想は我々一人一人の内部に深く染み込み、潜んでいる。」これを内なる優生思想というのだ。



そもそも我々は、「病気や障害を持たず、長生きし、安らかな死を迎えたい」と願い、それを自分の子どもにも当てはめようとする。実はそのこと自体が内なる優生思想の現れなのであるが、しかし、これを批判する人間は殆どいない。そこでここでは内なる優生思想の問題、あるいは選択的出生前淘汰の問題について考えてみたい。
 まず、我々の持つ意識と出生前診断・妊娠中絶から我々が採りうる行動にはどんなものがあるのか考えてみた結果、以下のような選択肢を見つけるに至った。(図参照)

① 自分の子どもに先天性疾患を持つ子が生まれることを恐れ、子どもを持たないと決断する。
② 妊娠後、先天性疾患を持つ子が生まれることを恐れ、自分の健康を管理する。あるいは酒・タバコをやめ、薬の服用を避ける。
③ 妊娠後、出生前診断を一切受け付けない。
④ 妊娠後、出生前診断を受診し、仮に障害を持つ子が生まれると判断された場合でも、子どもを出産する。
⑤ 出生前診断の結果、障害を持つと判断されたことを受け、中絶する。
(中略)
⑤の選択肢は、明らかに出生前診断を受けての妊娠中絶であるため、優生・選択的出生前淘汰双方の思想があるといって良い。なお、妊娠中絶の理由が、障害胎児はいらないと考える場合はもちろん、女性の権利だとか、経済的に云々という理由であっても、選択的出生前淘汰には変わりないことを付け足しておく。
 また、最近では体外受精・診断も行われているが、出生前診断(ここでは受精卵診断を指す)をし、先天性疾患を持たないと判断された受精卵のみを子宮内に戻す選択もなされている。これもやはり選択的出生前淘汰であるため、⑤に該当すると考える。
 こう考えると、意外に多くの選択肢に優生思想がからんでいることが見てとれる。むしろ優生思想があることが明白であっても、批判されていない場合もあることが判った。こうなってくると、「優生思想=悪・罪」という図式がなくなってくる。しかしそれでは選択的出生前淘汰をしても、つまり先天性疾患を持つ胎児を殺しても良いと言えるだろうか。


優生思想の本質
http://www.geocities.jp/wan_ojim/sub4c.htm

より引用



親が我が子の健康を願うのは優生思想でしょうか?
また、生まれてくる子どもが健常であることを願うのは優生思想でしょうか?

「障害を嫌う」のと「障害者を嫌う」のとは厳密には別のものです。
「病気を嫌う」のと「病人を嫌う」の違いと同じです

本来なら上記の答えは「否」ですが、この建て分けが出来る人は多くありません。
障害は「現象」であり、障害者は「それを体現している人(当体)」です。
障害を恐れ嫌う余りに、これを混同し、障害者をも恐れ嫌うところに
優生思想の落とし穴があります。



さらに言えば、この世の中に「健常者」というものは存在しません。
誰であっても、何がしかの不具合を有しているものです。
「私は完璧に健常者だ」と言う人が居るとすれば、その人は精神科へ行く必要が
あります。
「まぁこれくらいならいいか」という「見なし健常者」が、「私は健常者だ」と
言っているに過ぎないのです。
極めて軽度の障害者が、重度の障害者を差別しているだけのことです。



「拒絶(障害が嫌)」と「否定(障害者が嫌)」とでは意味が違います。
残念ながら、この区別がちゃんと出来る人も、また少ないと言えます。

「拒絶」を説明する例えとして、高所恐怖症の人が、バンジージャンプで飛べない様な
ものと言えば解りやすいでしょうか。
いくら「大丈夫だ!」と言っても「飛んだら気持ちが良いから」と勧めても、
出来ないものは、出来ません。
(中略)
「否定」の最たるものと言えば「ホロコースト」でしょう。
「お前など生きる価値がないから抹殺してやる」
これこそ優生思想と言えます。
破滅的優生思想で、もはや正常な状態とは言えません。
明らかに「人格破綻」に陥っています。



生存本能(生き延びたい)

***経験則***

恐怖心(死にたくない)

***逃避衝動***

差別意識(障害が怖い)

***生への執着***

優生願望(障害を避けたい)

***現象と当体の混同***

消極的優生思想(障害者を避けたい)

***社会的な刷りこみ***

積極的優生思想(障害者は不用)

***人格破綻***

破滅的優生思想(障害者を排除したい)


「生存本能」を始点とし「破滅的優生思想」を終点とする、人の心の変化の
連続性が見て取れます。
優生思想とは、狭義においては「論理の顛倒」であり、広義においては
種の保存に関する「本能的欲求」であると考えます。