等価交換だ。


働くことで、お金をもらい、
そのお金で、ご飯を買い、ケータイ料金を払い、光熱費を払って生きてる。

実家に住んでると、自分が「はたらいてるいみ」を見失いそうになるけど、
まごうことなく、生きるためだと思う。

親はいずれ老いるし、
兄妹に男子がいれば、
この家にも永遠にいられない。

そうしたときに、自分の家、ごはん、着るもの、通信費、これらはどうやってまかなうか?

女子には結婚という、
一瞬でニートになれるミラクルカードがあるけれど、
結婚してニートになれるような経済力を持った男と結婚するためには、それに見合う努力が必要だ。

高校、大学、会社
どんどん出会いの場は同質のもの同士に限定されていくと思う。

花形と言われる公務員や上場企業にいく人間が多くいる大学はどうしたって限られてくる。






仮に今の職場に新卒で、苦労して入ったなら、次の転職先の職場が新卒で入った会社より大企業であることは、
ファーストキャリアでそれに見合う実力を培ってないと難しい。

ミラクルカードを転職後切ろうと思っても、転職先には「自分を満足させてくれる経済レベル」の男の人がいないかもしれない。

(嫌な言い方だけど)

だとしたら、ファーストキャリアで踏ん張るか、実力を培って栄転するか、
どちらにしても、今目の前にある仕事に全力で務めなければいけない。

幸せな結婚と幸せ仕事はリンクしてる。


こう考えると、結婚は本当に昔の女の人にとっては、生きる術だったんだね

今も総合商社の受付とか、
大手メーカーやインフラの一般職みたいな、結婚が出世であると割り切ってるギラギラ女子がいるけど、

それになりきれず、
かと言って1人で稼ぐことは想像できない、腰掛けですもん、
っていう女子は多いよね




就活中の妹を見てたから、
今日はこんなことを思った。
自分への戒めの念もこめて。

iPhoneからの投稿

お酒呑むと、足が浮腫む。
終電に向かってタクシーレース。
ゴールのターミナル駅は砂糖周りの蟻状態。


最近は、立てた行動計画を遵守するため、アポの合間の移動時間をテレクリにあててるわけだけど、
真剣にやると結構しんどい。
もっと早く真剣にやってるとよかったんだけどね。

アポへは、電車とタクシーでいくわけだけど、微妙な地方都市にいるわけなので、郊外が広い。ほぼ郊外が営業先。
そうすると、駅から遠い。

タクシーがいる駅だといいけど、いないと乗り換えのときに電話で配車依頼だけど、最近番号登録されたらしく○タクから「○○様ですね~」と確認される、恥ずかしい。

それで、ついた場所は当たり前だけど、タクシーじゃないと駅に戻れない。足がない。
でもまた呼ぶと時間かかる、だったら歩いた方が早いんでねーの?となり、歩き出す。この辺からあかんスパイラルなんやけど、移動時間は基本テレクリなので、歩きながらケータイで新規アポ取りやる。
そうすると、
迷う。

アポとれそうになると、真剣になる。
雑音気になる。
道から離れる。

気づくとエライ田舎にいる。

あれ…?歩いた?私?
ってなる。

で、Googleで調べまた歩み出す、
電話する、アポとれそう、迷う、調べる…

謎の散歩で帰るの遅くなる。




あとは静かやろと思ってビル間でテレクリすると、途中でリストが風に飛ぶ!!ヤバイよ!ヤバイよ!個人情報ヤバイよ!
「さようでございますかぁ~一度ご挨拶だけでも~!!」風に舞うリスト、走るあたし、放り出すカバン、通行人の目、かじかむ手、こわばる顔、笑うと切れる唇。

だいたいこんな世界。


「風か強くて聞こえないんですけど!?」って切れられる。ほんとすみません。ちゃんとあとで確認電話します。今はあと残したテレクリ目標を達成せねばならんのです。
欲をいうと社長、あなたからのアポを頂戴したいんです。


飲み物と食べ物はだいたい電波が届かない場所で詰め込む。
ホーム、すいてる地下鉄、トンネル。

テレクリ場所は、公園、神社、お寺、田舎の飲食店の駐車場。
静かで、腰掛けられる段差があればOK。
一回うずくまって電話してたら、
大丈夫ですか?って声かけられたからね。


なんでもありやわ、やり切る。
手段は知らん




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人から否定されるのか嫌すぎる。


会社でのツメツメツメ
なんで?なんで?なんで?
やる気はいらない、どうしたらできるの?なにするの?明日からなにするの?何その考え方、会社やめろよ。
実現する行動とれ、頑張りはいらない、成果だせ行動しろーー

とまぁ、毎日言われる。

正しい。


何かを実現するためには、
正しい。
実現することは至高である、成し遂げる者が勝者である。


否定されるのではなく、
改善なんだと、
ただ、改善するには現状の否定が絶対条件であって、避けては通れない。

現状を否定されることに耐性があるかどうかの話で、私の勝手な妄想だと、大学生は耐性がないし、特に偏差値高めの大学の学生は否定耐性が低い。
気がする。統計とってないし、真実はわからないし、こんな風に言い訳ならべるところからも否定耐性低いことひお分かりでしょうかみなさま

偏差値高めの学生がなぜ否定耐性が低いかというと、慣れてないからだよねもうそれは。
幼い頃か中高時代か知らないけど作られた強固な自信とそれに追われる焦燥感。いつも何かに追われてるそれは教師なのか親なのか自分なのか友人との比較なのかわからないがとにかく負けること否定されることこわいなぜなら自分が自分であることが自分が肯定されることに置いているから他者の評価が自分の評価だから。

「俺たちって変人ダカラサ」のコミュニティで凡庸な趣味を凡庸な会話で続ける自称変り者達が世の中大学には蔓延ってる。とくに上位校。そして特に各地方のハブ校。

わかった、君たちが変人なのはわかった、けども社会は共存の世界ですよ。
俺たちの世界で生きてくことは不可能
みんな自分が正しいと思って生きてるから、あなたの常識は犯罪だったりするわけです。

何を言いたいかというと
地方上位校出身のあたしが小さいコミュニティと勝つ土俵だけで不戦勝かまして生きてたら著しく否定耐性がなくなり、他者との共存が苦しいですよという話。

これって世の中の大学生にも言えるんじゃないの?って話。

ぬくぬくしていて羨ましいよ、大学生のみなさん。そこはあたたかいでしょう、誰もあなたのこと否定しないでしょう、されててもシャットダウンできる逃げ場くらい内製してるでしょ?
たとえあなたのパソコン維持費や洋服代や学費代を払ってる親が否定しててもねー

おもろい。

だったらどうしなたいのか?
一生誰からも否定されない人生っておる?









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