人生不思議なものである。
定年まではまだ10年弱あるが、少しはのんびり趣味を楽しもうと思っていると、
なぜか重い役がまわってくる。
“断ればよいのに”・・・確かにそうなのだが、そうはいかない場合もある。
そんなわけでなかなかまとまった文章を書く暇がない。
メモはたくさん残っているのでChatGPTにお願いしたくなる。
でもこちらとしてもChatGPTには絶対書けない内容にしたい。
さてようやくフアン・ラモン・ヒメネス『プラテーロとわたし』を読み終えた。
この本は1956年にノーベル文学賞を受賞したヒメネスの代表作である。
前にも紹介したが、最初は図書館で借りた、
伊藤武好・伊藤百合子訳、理論社、1972年.

こちらを読み始めたが、少し日本語訳が分かりにくいところがあり、kindleで
長南実訳、岩波書店、2013年(電子書籍版).
を購入して読み比べした。そのため読み終えるのにずいぶん時間がかかった。
話は、“わたし”が日常の出来事などをロバの“プラテーロ”に語りかける形式で進む。
子どもでも読むことができるし、大人でも(違った視点で)楽しむことができる。
スペインの田舎町の美しい風景からそこに暮らす人々の決して豊かでない日常が、
ときに軽快に、ときに重々しく描かれている。
挿絵がたのしい。伊藤版は長新太が描いている。
四季の移ろいとともに140ほどの短い物語(ほとんど1,2ページ)が連なり、
最後は悲しいお別れとなっている。ちなみに理論社版と岩波書店版は物語の並びが
微妙に異なる。
さて、“もしかして”と思ってNMLを調べたらありました。
・マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ『プラテーロと私』
NMLではカテリーヌ・リョリョスのギターで聴くことができる。
100分を超える曲で、どうやら28の物語に音楽をつけたようである。
抜粋版であればセゴビアの録音も聴くことができる。
wikiによると、作曲者はセゴビアと直接出会ったことがあるとのこと。
・エドゥアルド・サインス・デ・ラ・マーサ『プラテーロと私』
8つの物語を題材にしており、NMLでは富川勝智のギターで聴くことができる。
140も物語があるので1つ選択するのは難しいが、印象的な話の1つに「月」がある。
満月に向かって“わたし”が次のように語る。
・・・・・月はひとりで
空にあり 沈むすがたは
夢のほか 見た人がない (長南訳)
一方、同じ場面を、
・・・・・だが、この孤独な
空の月よ、その沈む姿は、
夢みるものだけが知っている。 (伊藤・伊藤訳)
秋の満月の話なので季節が違うところは抜きにして、とっても美しい描写である。
カステルヌオーヴォ=テデスコの曲にもこの『月』があり、ピッタリの音楽である。
ちなみに、“プラテーロ”はというと、
プラテーロはじっと月を見つめ、片方のやわらかな耳をふって、
かたい音を立てた。それから、ぽかんとしてわたしを見つめ、
もう片方の耳をふるのだった・・・・・ (長南訳)
伊藤版もほぼ同じ訳であるが、こちらは長氏の挿絵がかわいい。
人生の最後が近づいてきたときにもう一度読みたくなる本でした。